しいたげられたしいたけ

人権を守るには人権を守るしかない。人権以外の何かを守ることにより人権を守ろうとする試みは歴史的に全て失敗した

隆慶一郎『影武者徳川家康』(新潮文庫)

影武者徳川家康(上)(新潮文庫)

影武者徳川家康(上)(新潮文庫)

影武者徳川家康〈中〉 (新潮文庫)

影武者徳川家康〈中〉 (新潮文庫)

影武者徳川家康(下)(新潮文庫)

影武者徳川家康(下)(新潮文庫)

名高い名作、やっと読みました。
徳川家康関ヶ原の合戦の最中、石田三成麾下の名将・島左近の放った刺客に暗殺され、東軍陣営の動揺を恐れた徳川秀忠と徳川家の重臣・本多正信は、苦肉の策として影武者の世良田二郎三郎をあくまで家康本人として押し立て続けることを決断する。だがこの影武者は、外見だけでなく戦国武将としての能力も家康本人に勝るとも劣らぬ資質を持ち合わせていた。
関ヶ原の戦後、徳川家の安泰を願う本多正信と、(虚構として)関ヶ原を生き延び豊臣秀頼を守ろうとする島左近、そして自らの生き残りを第一目標とする二郎三郎の間には、利害の一致が生じ奇妙な同盟関係が成立する。そして、関ヶ原に遅参という一大失策を犯しながらあまたある異母兄弟をおしのけ将軍の座につくことを悲願とする秀忠を相手に、果てしない暗闘を繰り広げる…
関ヶ原で西軍が勝っていたら」とか「三国志で蜀が勝ったら」とか「太平洋戦争で日本が勝ったら」とかいういわゆる架空戦記モノには一切触手が動かないが、この作者の構築した壮大な歴史の虚構には「おみごと」の一言である。関ヶ原から大阪の陣における豊臣家滅亡までのイベントはおおむね史実通りに進行するが、常に作者による「家康=実は影武者」という解釈が施される。主要な登場人物のそれぞれの立場・目的は明確化されていて、同盟・対立関係は実にわかりやすい。主人公・二郎三郎は野武士の出身であり、長らく一向一揆に身を投じていた人物である。「生き延びる」ということにとりあえずは成功した二郎三郎の「目的」は上巻365ページ8行目で示されるが、このわずか28文字からなる一行を読んだときには、全身に電流が走ったようにぞくりとした。一応反転文字にしておきますね↓
本多弥八郎正信のセリフです「お主、百姓の持ちたる国をつくろうというのじゃないだろうな」本多弥八郎は若い頃やはり一向一揆に参加した前歴を持つ。
あくまでベースは伝奇小説のタッチで、主人公に味方する風魔一族(亡国の民という設定である)と秀忠の操る公儀隠密(つまり権力の犬だな)柳生一族が、秘術の限りを尽くして死闘を繰り広げる。作者の思惑通り前者に大いに肩入れするのだが、この手の物語で主人公側が最後に敗北することはわかっているのだ…