しいたげられたしいたけ

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伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』(ちくま新書)

哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))

哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))

「哲学」とタイトルに掲げてあるが、クリティカルシンキングの入門書というべきであろう。第2章のポパー反証主義はじめ(反証主義については 7-19付 でちょっと書いた)さまざまなツールが紹介されるが、第3章、第4章の「文脈主義」というのがたいへん面白かった。第3章の初めで「デカルトの方法的懐疑」が紹介される。「疑いうるものには判断を停止して、絶対的真とわかるものだけを受け入れる」(p106)という立場である。ところがこの立場は、「我々が目に見、手に触れるものは、すべて神のごとき超能力を持つデーモンの作り出した幻である」=「デーモン仮説」(p108)に対し、うまく反論できない。そこで「同じ人の同じ主張が、判断を下す側の立場によって妥当とも妥当でないとも判断されうるという可能性を認める」=「文脈主義」(p137)というのが導入される。「文脈主義」にもいろいろあるが、たとえば「今日、夕立が降った」という主張があったとして、それを裏付ける理由が「地面が濡れている」であったとする。この推論に対する「対抗仮説」として「誰かが水を撒いた」というのは真面目に検討する価値があるが、「デーモンが地面が濡れている幻を見せている」という仮説は、はっきり言ってどうでもいい。こういうのを「関連する対抗仮説型の文脈主義」(p137〜)と言うのだそうだ。
追記:(8/21)
この本には書いてないけど、懐疑論ってマインドコントロールにも悪用できるんだよね。威圧とか睡眠不足とかで相手を極度の不安な状態において、相手の言っていることを全て否定し、自分に都合のよい主張を吹き込む。「全てを疑え。わしだけちょっと信用するのだ」ってヤツである。もちろんまぎれもない人権侵害だが。そういった行為に信念だけで対抗できるというほど甘い考えも持ってはいないけど、「何を疑って何を疑わないか」という「ほどよい懐疑論」という立場は、やっぱり健康的だと思った。