しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

井筒俊彦『イスラーム生誕』(中公文庫)

著者(故人)は、いわずと知れたイスラーム学の第一人者。しかし本書は読みやすいです。ただし二部構成で、後記によると「第一部 ムハンマド伝」と「第二部 イスラームとは何か」の執筆時期には30年近い隔たりがあるそうだ。そのせいか第一部には、「豪宕」〔ごうとう p32〕とか「忿恚」〔ふんい p34〕とか「佶屈●牙」〔きっくつごうが ● は上半分が敖で下半分が耳 p36〕とか「悖徳」〔はいとく p50〕とか「孜々」〔しし p54〕とか「裂罅」〔れっか p66〕とか「誹毀」・「貶斥」〔ひき・へんせき 毀誉褒貶=きよほうへん ではない p91〕とか、難しい漢字がやたらと多かった。第二部でも「潺々と」〔せんせんと p154〕が読めなかったが。
本文の感想はどうなった?
いや、いつものワンパターンなのだが、私に宗教はわからないのですわ。著者による「多神教一神教」とか、「ジャーヒリーヤ(イスラーム以前)とイスラーム」とか、「神は主人、ムスリムは奴隷」(p136)とか、「ムハンマドは(神でも天使でもない)人間」とか、二項対立を使った図解のような説明は、きわめて明快なのだけど。何がわからないかというと、例えば、イスラームとは「自分を相手(アッラー)に引き渡してしまうこと」「自分を完全に放棄して、すべて相手の意のままに任せきること」(p123〜124)であるという説明自体は理解できるのだが、その引き渡す相手すなわちアッラーはどこにいるのか、それが私にはわからないのだ。アッラーの意とは何か、それが私にはわからないのだ。みそなわすのがアッラーなのか、そうではなくてイエス・キリストなのか、阿弥陀如来なのか、ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァの三神なのか、八百万の神々なのか、それともいないのか…それがわかっていれば、誰も迷いはしないだろうけれど。
私が読んだ asin:4122017319 は品切れで、新版 asin:4122042232 が出ているようです。

イスラーム生誕 (中公文庫BIBLIO)

イスラーム生誕 (中公文庫BIBLIO)