しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

鴨志田穣『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(スターツ出版)

酔いがさめたら、うちに帰ろう。

酔いがさめたら、うちに帰ろう。

巻末には、「この物語はフィクションです。」と書いてある。しかし、現実と重ね合わせないで読むのは無理というものであろう。カモちゃんのアル中体験記である。アル中体験記というと、中島らもの『今夜、すベてのバーで (講談社文庫)』という大傑作を想起するが、雰囲気的に共通点が多い気がする。
それにしても、内臓をボロボロにやられ、おかゆのみの入院食を強制される主人公が憧れるカレーライスの記述の、なんと美味そうなことか!これを読んでしばらくは、カレーばっかり食っていた気がする。
それにしても、本書に登場する「元妻」の、なんと魅力的なことか。

 元妻は腕をまくって時計を見た。
「そろそろ帰らないと、仕事も残ってるし、すぐに子どもたちの夕食の時間になっちゃうから、さっ、お父さんにチューして」
 下の娘は口をとがらせ笑顔でチュッとキスをしてくれた。長男は「僕は男だからしない」と言い残して部屋を走って出て行った。
 今まで目を三角にしてとげとげしい態度だった元妻が、子どもたちに見られたくなかったのだろう、二人の姿が見えなくなると、そっと手を握りしめてきた。手のひらは柔らかく温かかった。
「がんばって、退院できたら断酒しましょうね」
 か細い声でそうつぶやいたかと思うと顔を近づけ、ゆっくりと唇を重ねてきた。
 チューブまみれで不自由な両手を、彼女の背中に回す。
 長い口づけの後、自然に口から「ごめん」という言葉がもれた。
 恥ずかしかったのか、我に返った元妻は、
「おどれが全部悪いんじゃ」
 うっすらと笑いながら部屋を後にした。

(p29〜30)
しかし、本書の読みどころは、p213の最後の一行に続く、著者が自らの半生を振り返って簡潔にまとめたとおぼしき末尾の13pである。p213の一行というのは、ネタバレになるので文字色を白にして引用する。読みたい方は自己責任で。
「俺、癌だって。持って一年だって」
泣いた。ボロボロ泣いた。