しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

渡辺光一『アフガニスタン―戦乱の現代史』(岩波新書)

アフガニスタン―戦乱の現代史 (岩波新書)

アフガニスタン―戦乱の現代史 (岩波新書)

パキスタンの宗教施設が武装した神学生に占拠され、軍特殊部隊の突入で多くの犠牲者が出たというニュースに接したのは、ちょうど本書を読んでいるときだった。本書によれば、ソ連軍撤退後のアフガンをまたたくまに席巻したタリバーンは、隣国であるパキスタンで養成されアフガンに送り込まれたという。パキスタン政府がなぜそんなことをしたのかというと、冷戦終結後、カスピ海沿岸の中央アジア諸国では膨大な石油・天然ガス資源が発見され、それをアラビア海の港まで運ぶパイプラインが、イランを通るルートと、アフガン−パキスタンを経由するルートの二通り計画され、莫大な利権をもたらすであろうパイプラインを自国領内に通したいパキスタンとしては、隣国の治安回復が必要だったというのである(p165〜)。
イスラム神学生とは言いながら、難民キャンプ周辺に急造の神学校で、コーランを読み上げるだけの狭隘な宗教教育を受けた若者たちを、著者はオウム真理教徒や中国の文革紅衛兵と比較している(p159〜160)。
タリバーンは進出の始まった94年から97年のわずか3年の間に国土の7割を統治(p172)するが、国家権力を掌握すると、官公庁から彼らと同じパシュトゥーン人以外の公務員を追放(p175)したのを手始めに、著者が「イスラムの教義に合致しているとは思えない」(p176)と評する禁欲的で抑圧的な政策を次々に打ち出す。
さらにはイスラム圏から参集した義勇兵の中から、ウサマ・ビンラーディン率いる国際テロ組織アルカイーダが出現したことは、当初のパキスタン政府の思惑をはるかに超えたことであったろう。
そもそもの発端をたぐれば、19世紀末、数次の「アフガン戦争」を経てこの国が独立する際に、以前の宗主国であるイギリスと当時の王室が画定した国境線は、この国に最大人口比を有するパシュトゥーン人の居住地域を人為的に分断するもので、「民族の歴史と分布をまったく無視したものであった」(p70)ことが、さまざまなトラブルの種を捲いたのではあるまいか。
同じような事情はイラクにもあったし、ちゃんと調べたわけではないが、おそらくスーダンも似たり寄ったりであろう。アングロ・サクソンの悪筆とでも名づけるべきか。なんともやりきれない話である。