しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

本質的じゃないところで忙しい

貧乏暇なし状態がずっと続いている。しかも時間をもっとも割いている業務が、自分の事業にとって本質的ではないということが自分でよくわかっているので、よけいにフラストレーションが溜まる。
弊ブログのようなオープンスペースではプライバシー自衛のため具体的なことは書かないようにしているが、それじゃわかりにくいので類似例を。
前回(6/15)のエントリー で書いた、津市一身田の「まちかど博物館」という企画で、商店街の店舗の一角に展示スペースを設け、飛び込んできた観光客にお店の人があれやこれやと説明してくれるのは、商店にとっては「営業努力」でありエネルギーを消費することだと思う。しかしこの「努力」が商店の経営にとって「決定打」だとは思えない。なにより大きいのは高田山専修寺という観光資源の存在で、こういう資源を持たない商店街が類似の企画を打ってもあまり意味はないだろう。
6/13のエントリー で書いた台湾料理店で、インスタントコーヒーの無料サービスは「営業努力」であり少なからぬ労力を必要とする行為だろう。しかしこのインスタントコーヒー目当てにリピーターが増えるとは思えない。件の台湾料理店の経営に対してはるかに影響が大きいのは、すぐそばに建築中のマンションの完成だろう。
いずれの場合もそれぞれのお店にとって影響力の大きいファクターは外部から来るものであって、お店自体の努力ではそれらの存在をピクリとでも左右することはできない。かと言って、お店がそれぞれの営業努力をやめるわけにもいくまい。
しかし、労力は思考をマヒさせるという側面もある。具体的にどんなケースが考えられるかはすぐには思いつかないが、外部に変化のきざしが起きたとき、それを上手く読み取って有利なポジションを占めるということは、個人の努力で可能かもしれない。しかし本質的でない忙しさにかまけていると、そうしたチャンスに気づかずみすみす見逃すことだってあるんじゃないかと想像を始めると、実に悩ましいのである…