しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

やべぇ、鬱を発症しちまった(その1)

何もしていなくても苦しい。重苦しいでもない、息苦しいでもない、しかし確かに苦しい。そんな状態が、いつの頃からか、ずっと続いていた。
加齢とともに、不快度が少しずつ坂を上るように増加する感じ。かなりの長期にわたる変化のように思う。
ちょっとしたことが、ものすごく面倒に感じる。例えば何かの返信用の郵便物のフォームを埋めて投函するといった、たったそれだけのことでも、なかなか始められない。一旦手をつけてしまえば大丈夫なのだが。
早朝とか、変な時間に目が覚める。半覚醒の状態で、なぜだか「新潟女性監禁事件」とか「横田めぐみさん拉致事件」のような、思い出すのも苦痛な事件を何度も反芻するように思い返す。これらの事件と個人的に何の関係があるわけでもないのだが。
一番の問題点は、いくつかの嫌な思い出を、繰り返し思い出しては反芻していることだ。「思い出し笑い」ならぬ「思い出し怒り」や「思い出し恥ずかしがり」、「思い出し自責」。
特に「思い出し怒り」がやばい!職場を退職したときのこと、付き合っていた相手と別れたときのこと、副業先で受けた理不尽な仕打ちなどを、繰り返し思い出しては、当事者に怒りをぶつける。一定量の怒りのエネルギーというか「基底状態」みたいなものがあって、対象は何でもいいからその怒りの矛先をぶつけるものを探しているような感じである。
それでも日常生活にさして支障がなかったため、放置していた。
こりゃ真剣にやばいな!と思ったのは、何日か前に、仕事で取引先に対して感情を爆発させてしまったことである。
駐車場をめぐる些細な行き違いがきっかけの口論だった。こちらは当方に理があると思っている。しかし普段だったら、いくらでも折れて軽くかわせるはずの内容だった。
それができなかった。理屈を筋道立てて説明することもできず、自分で自分の感情の制御ができないことをはっきりと意識していた。
当然、取引は打ち切りである。
不幸中の幸いは、こことの仕事が万年赤字体質だったことだ。だがそれでも仕事を失うのは痛手だし、同じようなことを収益柱としている仕事相手とやってしまったら、まずい。
それで、心療科を受診しようと決心した。
(この項つづく)