しいたげられたしいたけ

人権を守るには人権を守るしかない。人権以外の何かを守ることにより人権を守ろうとする試みは歴史的に全て失敗した

年末年始の郵便配達のバイトを始める

本業で食えないから副業をやり、年末年始はその副業も本業もスケジュールが埋まらないから、さらにバイトの掛け持ちって情けなくね?_| ̄|○
来年はWindows7が発売されるので、また新規にマシンを買うか、それともOSのバージョンアップだけでお茶を濁すか、いずれにしろ出費が予定されるから、時給安くても空き時間をお金に換えられるもんなら換えておきたかった。
しかし時給が安いことでは有名な郵便局のバイト、思ったとおり応募者の大半は高校生で、オサーンは私を含めて数名しかいない。
なんのなんの、肉体労働も単純労働も嫌いじゃないのだ(▽^
どうでもいいけど、いつまで経っても芽が出んなぁ、俺(▽;
プライバシーの特定を避けるため日程とか詳しくは書かないけど、実は勤務を始めてすでに数日が経過している。
一日目は、オリエンテーションで終わってしまった。郵便物を捨てるな盗むなとか、プライバシーを漏らすなとか、コンプライアンスに関する念押しである。例年、問題になっとるからなぁ。
二日目は、バイクで職員さんの後ろをただひたすらついて回って、配達コースを憶える。まあ一度で憶えられるものでもないが、地元だしなんとかなるだろう。
学生時代に取った普通二輪(昔で言うところの中型二輪)の免許が役に立ったのは、ちょっと嬉しい。
三日目からは、いよいよ住宅地図とにらめっこしながらの実際の配達業務。
この住宅地図が、なんと手書きである。
郵便事業というものが、かなり古くから全国津々浦々どころか世界規模で完備しているというのは、改めて考えると驚きである。
と同時に、カーナビやネット地図など、電子化された地図がこれだけ普及しているというのに、郵便局が手書きの住宅地図を使っているというのも、別の意味で驚きである。
自分の立ち位置をいろいろ変えて想像すると、いろんな考察が可能だ。
例えば技術屋として。電子地図というのは、フォントの制約が意外と窮屈なのだ。手書きのように、わずかなスペースに数文字を押し込めるということが、案外と容易にはいかない。これは技術的なチャレンジだと考えるべきであろう。
例えばシステム屋として。なぜカーナビやネット地図を、郵便局に売り込むことができないのだろうか?手書きには前述のメリットもあるが、変化に即応できないであるとかデメリットもあるのだ。現に私の担当した地区にも新築中の家屋があった。そう言えばipv6は地球上の1平方センチメートルあたりip何個とか割り当てることができるほど余裕があるという。だったらそのアドレス空間の256分の1なり6万5536分の1なりを、1平方センチとは言わない、1平方メートルに一つずつとか本当に割り当てて、郵便事業と宅配事業と、それから測量や登記など、関連事業で共同利用しようとかいう提案は、もうなされているのかな?そうするとアドレスとかグローバルとかのip用語が「先祖がえり」をするのも面白い。
例えば政治家として。もしそんな事業が実現してしまったら、結果として郵政事業の「人減らし」につながるかもしれない。いわゆる「郵政一家」と利害を共にする政党の視点から考えても、対立する政党の視点から考えても、さまざまな戦略を練る材料になりそうな気がする。
いや、これは政治家の役割というより、経済学者とか未来学者とかいう人種の仕事なのかも知れないぞ。そもそも自動化とか無人化とかいうものの行き着く果てが、際限のない人減らしとデフレ圧力のみであっていいのか?「必要に応じて取る」という見果てぬ夢を、ここらでもう一度真剣に考えてみてもいいのではないか…
と際限なく妄想は膨らむが、現実にこの場に存在するのは、誤配達がないか何度も宛名を見直しながら慣れない手つきで郵便物を配達するロートルアルバイターのみである。