しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

司馬遼太郎『胡蝶の夢』(新潮文庫)

胡蝶の夢〈第1巻〉 (新潮文庫)

胡蝶の夢〈第1巻〉 (新潮文庫)

胡蝶の夢 (第2巻) (新潮文庫)

胡蝶の夢 (第2巻) (新潮文庫)

胡蝶の夢〈第3巻〉 (新潮文庫)

胡蝶の夢〈第3巻〉 (新潮文庫)

胡蝶の夢〈4〉 (新潮文庫)

胡蝶の夢〈4〉 (新潮文庫)

本書第2巻に、次のようなくだりがある。

 将軍家定の病死を、結果として伊東玄朴ほど利用した者はいない。
 かれは、善悪ともに本来の親分で、友人の戸塚静海をあっというまに奥御医師にしてしまっただけでなく、さらに仲間をよんだ。
<中略>
 家定の死までに玄朴の口ききでいそぎ採用された奥御医師としては、竹内玄同、坪井信良、林洞海、伊東貫斎の四人がいる。

(p184〜187)
いっぽうwikipedia「伊東玄朴」の項には、以下のような記述がある。

蘭方内科医が幕医に登用されたのは、伊東・戸塚が最初である。玄朴はこの機を逃さず蘭方の拡張を計り、同7日には伊東寛斎・竹内玄同の増員に成功した。これにより蘭方内科奥医師は4名となったのである(なお、この時点で林洞海・坪井信良が登用されたとするのは誤りである)。

司馬遼太郎の書くことは、史実としては往々にしてあてにならないが、この場合、どちらが正しいのかは確認していない。
本書の主人公は、蘭方医の松本良順とその弟子の島倉伊之助(司馬凌海)である。
松本良順は、長崎海軍伝習所でオランダ軍医ポンペから西洋医学の手ほどきを受け、徳川家茂徳川慶喜近藤勇、それに浅草弾左衛門といった、歴史上の有名人たちを診察する。
島倉伊之助は蘭・独・英・仏・露・中の6か国語を操る語学の達人で、また抜群の記憶力の持ち主であるが、いま風に言うKYで他人の気持ちを理解することを何よりの苦手とし、それゆえ身分制度という「空気」でがんじがらめにされた江戸期社会においては、持てる能力を十分に発揮することができない。
本書の記述を読む限りにおいては、島倉伊之助は「高機能自閉」あるいは「アスペルガー」ではないかという気が強くする(念のため検索してみたら、wikipedia「司馬凌海」の項にも、そのような記述があった)。ただし著者の司馬遼太郎には、精神医学的知見の持ち合わがないらしく、そちらの方面に掘り下げた記述はない。
なお第4巻の解説で粕谷一希という人が、島倉伊之助を「性格的には人間失格者」とか「性格的破産」とか書いている(p485)。こういう偏見を助長するような解説は書いてほしくないものだ。