しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

私も面白かった

福耳先生が、前回の私のエントリーをネタに、論じてくださっている。
はてな
なるほど!上流工程にいくらでも人をつっ込めばいいってわけじゃないから、どこかに人員配置の「最適点」があるはずだ。それをどのように「量化」し、どのような「評価関数」を採用して「実証」するかを考えるのは、まさしく「研究者」の出番ですよね。
つまり「研究者」の視点から面白い材料だということは、私にも理解できます。
それとは別に、私にはもう一つ、全く違った意味で「面白い」と感じたことがあった。以下は福耳先生をdisるとかそういうつもりは一切ないことを、どうかご理解いただきたい。
私は現場で仕事をしている間、自分がやっていることが研究者のテーマとなりうるなどとは、夢にも思いはしなかった。
よく「組織」における「権力」というのは早い話が「人事」と「予算」だと言われるが、実際にはそれに「システムデザイン」を付け加えなければならないと思う。
現場の担当者は「システムデザイン」の権限を一切与えられていない。
前回のエントリーで「住宅地図の間違いを三箇所見つけて指摘したのに、直してくれたのは一箇所だけだった」と書いたが、最終日になってようやくもう一箇所、直してくれていた。かように情報は下から上には流れにくいのだ。
ぶっちゃけ「研究者」というのは「究極の上から目線」である。おそらくは自分が「上から目線」であることすら意識されないまでの「究極の上から目線」である。
私は臨時雇いで日本郵政に対する帰属感は一切抱いていないから、いくらでも我慢はできるのだが、前回のエントリーのコメント欄にちょっと書いたとおり、現場の意向を斟酌せずシステムいじりを繰り返していたら、組織はどんどん弱体化するんじゃないかと思うぞ。
すなわちここにも「最適点」の存在が予想される。だがもしそれを適切な「量化」をおこない適切な「評価関数」によって「実証」しろとか言われたら、工程別の人員配置の最適化問題よりも、はるかに困難そうな問題ではある。