しいたげられたしいたけ

弊ブログでいう「知的」云々は「体を動かさない」程の意味で「知能の優劣」のような含意は一切ない

黄檗山萬福寺〔おうばくざんまんぷくじ〕〜宇治平等院〜浄瑠璃寺〜岩船寺〔がんせんじ〕と

回ってきた。
今、遠出しとかないと、この先しばらく機会がないかなと、なんとなく思ったので。
どこでもよかったが、先日こういうニュースを見たので、平等院をメインに(というほどでもないが)、他にまだ行ったことのないところを何か所か回ってみようと思った。
http://www.asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK201210060010.html
本堂が修理中だってことも知ってたけどね(^▽^;
http://www.asahi.com/culture/update/0607/OSK201206060196.html
名古屋から京都までは、新幹線だと近いのだ。例によってぐずぐずしながら出たのだが、JR奈良線経由で10:30a.m.頃に、まずは第一目的地の萬福寺に着くことができた。
実ははるか昔の学生時代に、所用で半年ほど週一くらいのペースで黄檗まで通っていたことがあるが、なぜかこの名刹に足を踏み入れたことはなかった。関心がなかったのだ。
毎月8日は縁日だそうで入山料の500円が無料になっていた。ラッキー。あとで確認のためぐぐったら「ほていまつり」というそうだ。いっぱいバザーが出ていたが、全部素通り。いや何も買わなくてもけっこう目を楽しませてくれたので少し申し訳ない気分だが、第一訪問地なので荷物を増やしたくなかった。
萬福寺は、本尊の釈迦如来像や有名な布袋像などの数多い仏像が、どれもわりと間近から拝観できるところがよかった。先に書いてしまうけど、今回参拝したところは、本堂が修理中の平等院を除いてどこも近くから見ることができたけどね。遠くからしか参拝できないと、ちょっとフラストレーションが溜まる。
黄檗宗はいわゆる日本仏教十三宗の中では一番最後に、江戸時代になって入って来たというだけあって、エキゾチシズムを強く感じる。何というのだろうアレ、真っ赤な掛け布がところどころに掛けてあったり、本堂の一角に、紙で作った舌を出した仏像だか神像だかが飾ってあったり。あとお経も唐音で読むんだそうだ。
最近読んだ鎌田茂雄『観音のきた道 (講談社現代新書)』には、日本で仏教神道が習合していたように、中国では仏教道教の習合が広くおこなわれていると書いてあったな。
萬福寺の受付で、宇治に行くのにJR奈良線と京阪宇治線のどっちが便利か尋ねたところ、平等院に行くなら京阪のほうがいいとのことだったので、京阪の駅に移動する。細かいことだが黄檗-宇治の運賃はJRだと140円で京阪だと150円だった。11時ちょっと過ぎと時間はまだ早かったが、京阪宇治の駅前で昼食を簡単に済ませてしまう。
本堂は修理中とはいえ、足場を組み始めたばかりだから、建物の外観は十分にわかった。どうでもいいけど本尊の阿弥陀さまは中に入ったままなのかな?
「日想観図」は境内のミュージアムに展示してあった。実物は劣化が激しくて、何が描いてあるかほとんど判別できない。極彩色の復元図も展示してあった。
「日想観」というのは『観無量寿経』という経典に書かれている、極楽浄土に往生する17の方法の最初のもの。『観無量寿経』は、極楽に行くにはどうしたらいいかが具体的に書かれているという、ある意味特殊な経典なのだ。その方法というのが、主に瞑想なんだよね。ただし最初のものと最後のものが易しくて、それ以外はがくんと難度が上がる。
大乗仏典〈6〉 浄土三部経 (中公文庫)』から日想観の部分の和訳を引用(p196)。

そこで、まず想像力を奮い起こし、正座して西に向かい、じっと太陽を見つめるようにせよ。そして心を固く定め、思いを一つにして移さないようにし、太陽がまさに没しようとして、あたかも空中にかけられた太鼓のような形になっているのを見よ。このように太陽を見終わったならば、たとえ目を閉じようとも開こうとも、いつもありありと瞼に浮かぶようにしなければならない。これを日想とよび、初観と名づけるのである。

これが第二観になると、こうなる(p197〜198)。

この観想が成功すれば、次には瑠璃でできた大地が内も外も透き通っているありさまを見るようにせよ。その下には金剛石や七種の宝石をちりばめた黄金の幢〔はたぼこ〕があり、この瑠璃の大地を支えている。その幢は八つの面と八つの角〔かど〕をそなえており、その一つ一つの面は、百個の宝石からできあがっている。その一つ一つの宝珠は千の光明をもち、その一つ一つの光明は八万四千の色をそなえている。その光明や色が瑠璃の大地に反射して、あたかも何億何千という太陽のように輝いており、つぶさには見ることができないほどである。

これでまだ約半分。
何のためにこんなことをするかというと、第三観、第四観と進むにつれて、極楽浄土の光景をすみずみまで想像し、ついには阿弥陀如来および観音菩薩勢至菩薩の姿をありありと思い浮かべることができるようにしようというわけだ。
ちなみにもうひとつ易しいと書いた第十七観すなわち最後の手段は、「南無阿弥陀仏」と十回称えることである。
JR奈良線関西本線を乗り継いで、浄瑠璃寺の最寄駅である加茂駅まで。たまたま知ったのだが、JR奈良線の快速はシートが横長ではなく進行方向で、一番前の席に座ると進行方向がよく見える。JR奈良線は単線と複線の区間が混在しているので、見ていて面白い。
1:30p.m.頃に加茂駅についたのだが、さて瑠璃光寺までどう行こう。コミュニティバスはあるのだが1時間に1本で15分くらい前に出たばかりだった。電話ボックスがあったので電話帳で地元のタクシー会社の電話番号を調べる。あとで見つけたのだが、同じ電話番号が駅前ロータリーのタクシー乗り場の看板に書いてあった。
運賃は約1500円だった。これも先に書いてしまうと、帰途はバスを使ったのだが近鉄奈良駅・JR奈良駅まで540円だった。JR奈良駅まで快速に乗ってしまうのが正解だったかなとちょっと思ったが、毎時1本には変わりがないな。
浄瑠璃寺の本尊は九体阿弥陀仏で、これも典拠は『観無量寿経』。上品上生〔じょうぼんじょうしょう〕から下品下生〔げぼんげしょう〕を表す3×3=九体の阿弥陀さまが残っているのは、日本ではここだけなんだそうだ。中央に座します阿弥陀さまが一番大きくて来迎印とよばれる印を結んでいるが、これは別名「下生印」とも言い実はこの阿弥陀さまこそが下品下生を表しているんだそうだ。そして前述の第十七観は、まさにこの下品下生に対応している。つまり実の父母を殺すような下の下のヤカラでも、南無阿弥陀仏と十回称えることにより極楽往生できるという、驚くべき教義。他の阿弥陀さまは定印と呼ばれる印を結んでおり、これは別名「上生印」というんだそうだ。
折よく秘仏開扉日とのことで、吉祥天女像と薬師如来像を拝観することができた。吉祥天女像は九体阿弥陀仏と同じ本堂に安置されていたが、薬師如来像は本堂と池を挟んだ対岸に三重塔があり、その初層に安置されている。阿弥陀如来がしろしめすのが極楽浄土であるように、薬師如来がしろしめすのは浄瑠璃浄土と呼ばれる浄土で、それがこの寺の名前になっている。でもどう見ても阿弥陀如来のほうがメインだよねここ。いいけど。
岩船寺は予定に入れてなかったけど、浄瑠璃寺の拝観を終えたのが2:30p.m.頃と早く、またコミュニティバスが毎時45分とちょうどよかったので、足を延ばすことにした。コミュニティバス浄瑠璃寺岩船寺は所要時間約6分で運賃200円。三重塔と「あじさい寺」の異名が有名なんだそうだ。アジサイはいくらなんでも季節外れだが、ここでも秘仏開扉の期間とのことで普賢菩薩騎象像と十一面観音立像を拝観できた。ちなみにここの本尊も阿弥陀如来。上印を結んだ坐像で、白毫と呼ばれる額のポッチが大きいのが印象に残った。
前述のとおり、近鉄奈良駅・JR奈良駅行きの急行バスの時間がちょうどよかった。急行バスのちらしが寺院に置いてあったのだ。こういう情報は、現地に行かないとなかなか手に入らないな。往路に使ったタクシーの運転手さんから、ネットでいろいろ調べてやってくる観光客が多いという話を聞いた。ネット中毒では人後に落ちないつもりだが、ネットから必要な情報を過不足なく取り出すのは案外やっかいなのだ。関係ないデータがいっぱいくっついて出てくるからだ。特に路線データは、古くて使い物にならないことが多い。黙ってたけど。
JR奈良線の快速と新幹線を乗り継いで帰宅。行き当たりばったりだったけど、乗り換えがだいたいどこでもスムーズに行ったのがラッキーだった。阿弥陀さまのご利益だったかも知れない。

観音のきた道 (講談社現代新書)

観音のきた道 (講談社現代新書)

大乗仏典〈6〉 浄土三部経 (中公文庫)

大乗仏典〈6〉 浄土三部経 (中公文庫)