しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

荒廃の著しい食堂に入ってしまった

外出して、しょっちゅうではないがたまに降りる機会のある駅の駅前で、いつもは店先を素通りする食堂に、暖簾が出ているのに気付いた。ちょうどお昼時だった。

「営業してるんだ、ここ」と思った。気まぐれで入ってみようと思った。

暖簾をくぐって引き戸を開けたとたんに後悔した。

荒廃の度合いが激しかったのだ。

さして広くない店内に、一応は四人掛けなんだろうけど二人も座れば窮屈になってしまいそうなテーブルが4つほど並んでおり、テーブル上と言わず床と言わず、紙箱やら紙袋やらビールの空き瓶やら、いろんなモノが壁際に行くに従ってうず高く積み上げられている。

床の真ん中はモノが少ないが、その代わり紙箱のフタのようなものに乗せられたカリカリ。水皿もある。ネコがいるのか?

右手の壁際には狭い座敷席のようなスペースもあって、テーブル席と続きのように座卓が2つほど並べてあったが、いつのものかわからない変色したマンガ雑誌がぎっしり散乱していて、座れそうな気がしない。

モノに占領されてなくて腰掛けられそうなテーブルは、4つのうち2つだけ。驚くべきことに(?)、その一つには先客が腰かけていた。おそらくは90を越えていると思われる老婆。何か麺類を、どんぶりからゆっくりとすすっている。

一瞬そのまま回れ右しようかと思ったが、行動に移すより一呼吸早く「いらっしゃい」と店主が出てきた。こちらもかなり高齢のお婆さん。たぶん80代ぐらいだろう。ストーブにかかっているヤカンから、すごく熱いお茶を出してくれた。

サービス品と張り紙の出ていたエビフライ定食を注文する。

店内のメニューを見回すと、麺類・丼物中心の店のようだ。古いマンガ雑誌は手に取る気になれず、新聞があったので日付をみると昨日のものもあったが今日のもあったので、とりあえずそれを手に取る。

コートをテーブルと隣合わせの座卓の上に置こうとすると、座卓の下にネコ!

でかいネコだ。真っ白。寝てる。

びっくりしたのが伝わったのか、無意識に声が出たのか、厨房に引っ込んだ店主から「すみませーん」との言葉をもらった。

厨房と言えば、その直後に厨房側の入り口が開いて、「うぇ~い」みたいな感じでご近所さんとおぼしき人が入ってくる気配がした。姿は見えないが、よくいる元気な爺さんタイプ。なにやら店主相手にまくし立てている。

調理には着手してくれないのか?時間がないときだったら「急ぎますので」とか何とか言って席を立つところだが、こういう時に限って時間に余裕がある。この日の約束は1時半から。テレビでは『ごちそうさん』の再放送をやっている。

テレビは当然のようにブラウン管型。アナログ放送はとっくに終わってるはずだが、上下が黒い帯になってるんじゃなくて左右が切れている。そうなるのか?

昼寝から目覚めたネコが、むくっと起き上がる。ちょっとびっくりした。ネコは床に飛び降りて、カリカリをあんまり食べたくなさそうに少し食べる。

こいつ普段テーブルの上も歩き回ってるんだろうなと、あんまりしたくない想像をする。

近所(?)の爺さんは、ひとしきり喋って気が済んだのか、出て行った。ようやく厨房からパチパチと油の音。

するとこんどは食事を終えた先客の老婆が、タバコを吸い始めた。私は今はタバコを止めてるが、決して嫌煙家ではない。しかし、別に誰かが陰で糸でも引いてるわけじゃないんだろうけど、「手を変え品を変え」っつーか、「まだこの手があったか」つーか、そんな思いが頭をよぎった。

「遅くなりました」としきりと恐縮しながら、店主のお婆さんが、エビフライの皿と、ご飯とみそ汁を運んできた。それから漬物の小皿と、パリパリと袋を開けて味つけ海苔も出してくれた。そういえば壁の張り紙には「味つけ海苔付」の文字も。

先客の老婆とか、来客の爺さんとかとのやり取りを小耳にはさんだ限りでは、ここの店主は社交的な人なんだろうなと思った。ご近所でなにがしかの役割を果たしているから、この店も存続してるんだろうなと思った。味つけ海苔のサービス一つとっても、やる気みたいなものが失われていないという印象も受けた。しかし、なんと言ったらいいんだろう、そういったエネルギーを、店内に散乱しているモノを片付けるという方向にでも少し振り向けてもらえたら、この一見の客の居心地も少しは改善するんじゃないかなとか、高齢になるとそういうことは難しくなるのかなとか、一見の客がそういう指図をする立場じゃないよなとか、あれこれとやくたいもないことをつい考えてしまった。

出されたものは完食した。