しいたげられたしいたけ

弊ブログでいう「知的」云々は「体を動かさない」程の意味で「知能の優劣」のような含意は一切ない

パソコン教室を経営していました(その3)

終焉のきっかけは、当時の森首相のツルの一声で始まった、自治体主催の無料IT講習会である。
当時の政府は「入口となる基礎コースだけだから、決して民業の圧迫にはならない」とか何とか説明していたが、そんな言葉を信用した業界関係者はいただろうか?現に業界最大手のアビバは、それからほどなく会社更生法適用に追い込まれている。9月8日の日記 で愚痴った改正労働者派遣法の件といい、少なくとも私の生活に直接影響する範囲では、政府はろくなことをせんというイメージが強い。
実際、うちのパソコン教室への影響も覿面だった。まず出張教室がダメになった。受講者が一気に減り、とりあえず半年くらいは様子見で継続したがその後は受講者がきれいにゼロになった。
書店の汎用スペースに設置した本拠地の教室の方も、ゼロということはなかったが受講者数が激減した。
タイミング的に痛かったのは、これが自前のノートパソコン導入直後だったことだ。リース料がなくなったことによる購入費用の回収を目論んでいたのだが、その当てが見事に外れた。
また、一人では手が回らなくなったため週二回くらい同業者さんにヘルプをお願いしていた。同業者さんの仕事を確保するために、自分でやるコマのほとんどを削った。前回のエントリーで述べた「現在の主な収入源」に専念して、なんとか糊口をしのいだ。ちなみに「現在の主な収入源」は弊ブログでは長らく「副業」と呼んでいたものである。ちなみにパソコン教室の方は「本業」と書いて明記を避けていた。弊ブログを「本業」または「副業」で検索すると、関連記事がいっぱい出てきます。
さらに実は当時、この同業者さん以外に、別の知人を巻き込んで法人の立ち上げを計画していた。書店には恩があるとはいえ上前をはねられ続けるのは面白くないし、まだまだ事業拡張できるだろうという幻想を持っていたのでそちらは書店とは別口で進めたいと思っていたのだ。またパソコンのリースを受けるとき法人格が必要だと言われた記憶が鮮明だったので、法人格はぜひ欲しいと思っていた。
ところがこの知人というのが、実際に仕事を始めてみると、口ばっかり達者で全然仕事のできない奴だということが判明した。それはもう見事に働かないのだ。まず仕事に来ない。いろんな口実を設けて出てこない。出てきたとしても時間を守らない。そういったことから始まって、ほとほとあきれ果てるエピソードが山のようにあった。一緒に遊ぶのと仕事をするのが違うのは当然とはいえ、自分の人を見る目のなさに呆れた。
結局この知人とは絶縁した。愚痴を書き始めるとキリがなくなるので、苦境にあるときに「後ろから撃つ」ようなマネをした相手に対する恨みは骨髄に達するものだとだけ書いて止めておく。
とどめは、名駅前再開発の一環で書店自体が移転を強いられることが明らかになったことだ。まあこのとどめは当時の私にとっては介錯みたいなもので、グダグダになった経営を一度リセットするのにちょうどいいとさえ感じた。
ノートパソコンは、自分用に1台だけもらってあとは書店に置いていった。書店はそれを、最後まで受講してくれていたお客さんとか、本屋の方の馴染み客とかに転売したようだ。
これを機にアパートを引っ越した。当時私は、関西線近鉄線沿線の、市外とはいえ名古屋駅まで電車で10分のところに住んでいたが、「副業先」通勤に便利な名鉄本線急行停車駅周辺に移った。名古屋駅に出るには30分かかるようになった。10分と30分では違うもんで、これ以降名駅周辺まで行く機会がめっきり減った。より近い金山駅や神宮前駅周辺で用が足りることが多いということもあるが。
しかし、最初のパソコン教室をクローズしたこの時点では、まだパソコン教室というビジネスモデルそのものに対する希望を完全に無くしていたわけではなかった。
この項、パソコン教室を経営していました(その4)へ続きます。
(その1)はこちら ⇒ http://watto.hatenablog.com/entry/20141011/p1
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『冗弾の射手(その4)』