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しいたげられたしいたけ

人権を守るには人権を守るしかない。人権以外の何かを守ることによって人権を守ろうとする試みは経験的に全て失敗している

本巣市の鮎料理「やな川」と谷汲山華厳寺

実家にいるとき、昼食が済んだあとだというのに、老母が「やな川」という鮎料理店の広告を持ち出して、ここへ行きたいと言い出した。わけわからん。昔からこういうわけのわからんことを言いだす人ではある。
そもそも鮎料理というなら、二週間前に、関市の「鮎川」というところに行ったばかりではないか。
関市の鮎料理「鮎川」で食事をした - しいたげられたしいたけ
よく話を聞くと、こういう鮎料理店はどこも営業期間が6月から10月末までの夏季限定なので、営業している間に下見だけでもしておきたいとのこと。
こちらとしては脳内めんどくさい物質の分泌全開である。全身からめんどくさいオーラを放射していたことであろうが、そういうことを察してくれる相手ではないことも、半世紀にわたるつき合いでわかっている。口の中でぶつぶつ言いながら車を出した。
しかし車を走らせ始めると、脳内めんどくさい物質は引っ込むものである。私ほど理不尽な目に遭っているわけではなかろうが、世の中年男性&初老男性の御同輩方にはすでにご存知かとも思いますが、こういう時は諦めて車にキーをぶっ込んでしまうしかないようです。逆に世の奥様方・お子さんたちには、脳内めんどくさい物質全開中の旦那さん・お父さんはとにかくあの手この手で車に乗せてしまうのが一番とのアドバイスを送ります。
「やな川」は、根尾川という揖斐川の支流の河畔にあった。

ちなみに先々週の「鮎川」は板取川の河畔にあるが、こちらは同じ木曽川水系でも長良川の支流。
駐車場から。奥美濃の山がきれい。現住所も実家も平野のど真ん中だから、山が珍しいのだ。

あとで店のホームページを検索したけどなかった。URLがあれば貼ればいいかなと思って店の写真は遠慮したのが、ちょっと失敗だった。まあいいや。
昼食時のピークは過ぎてお店が混んでいなかったのをいいことに、単品の持ち帰りをお願いした。これは塩焼き。

これはお土産としてもともと売っていた甘露煮。

「やな川」の店員さん、無理言ってすみません。
地図を見ると、ここから山一つ隔てたところに谷汲山華厳寺という名刹がある。 西国三十三ヶ所の三十三番札所・結願所として多くの参拝客を集める寺院である。トンネルがあるわけじゃないので平地に突き出した尾根を迂回しなきゃならないけど、車だからたいした時間はかからないので帰りに参拝した。実は4年ほど前に亡くなった父親が、生前は1月18日の初観音に、母親を伴って必ず参拝に訪れていた。母親は自分は信心深いほうじゃないし寒いのがいやだからと、あんまり喜んではいなかったようだが。とまれ、ご挨拶みたいなもんだから参拝してみようと思った。
何か特別な日じゃなかったから、本殿ぎりぎりの無料駐車場に停められた。初詣とか縁日とかだったら、こうはいかない。
本殿。

巡礼の白装束の人が、けっこういる。
この寺院は私自身もすでにもう何度も訪れているのだが、妙なアイテムがいっぱいあって毎回ちょっとずつ小発見がある。
上の写真の「谷汲山」と書いてある提灯が掲げられた柱の内側に、金属製の魚を模した板が貼ってあって、参拝を済ませた人が触っていた。これ気づかなかった。

他人の話を小耳にはさんだところによると「精進落とし」という意味があるのだそうだ。
柱の向う側にある石灯籠も、なんだか面白い。

接写したところ。ハートマークと、土瓶? それからあとは何だろう? これらが何を意味するかは、私にはわからない。わりと新しく作られたもののようだったから、いわれを説明してくれる人はいるんだろうけど。
手水場の観音像。水瓶から水が出ている。

逆光でわかりづらくてすみません。
あと、これは以前から知っていたけど、こんな幟が。

これの何が珍しいかというと、豊川吒枳尼真天〔とよかわだきにしんてん〕というのは豊川稲荷のことなんです。豊川稲荷は私の住所からすると方角は正反対だけどなじみの深い寺院の一つなので、そこの別院をここでも見つけたのが意外だったという、極めて個人的な事情。
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『冗弾の射手(その10)』