しいたげられたしいたけ

弊ブログでいう「知的」云々は「体を動かさない」程の意味で「知能の優劣」のような含意は一切ない

謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー(中国編その7)

連番「その14」、通算第17回目です。

01895/01895 CXX02375 わっと 中国のヒーローの条件(補遺)外国と戦う

( 3) 98/04/14 21:21

 しまったしまった、一見あまりにあたりまえすぎる共通点なので、数え上げるのを忘れてしまったけど、とりわけ「日本のヒーローの条件」と比較すると、この共通点は特徴的です。

( 周 )文王・姫昌  …殷周革命の主人公です。
(春秋)斉の桓公  …「尊王攘夷」のオリジナルは実はこの人(考えたの
           は宰相・管仲か?)で、諸侯を糾合して春秋に覇を
           唱えるためのスローガンは「周王室を敬う」こと
           と「夷狄を打ち払う」ことでした。
(春秋)孔子    …ちょっと苦しいけど、儒教は中国人にとっては
           「中華と夷狄を区別する基準」です。
(春秋)晋の文公  …即位後、楚などと戦っています。
(戦国)魏の信陵君 …宿敵は秦です。
( 秦 )始皇帝    …六国を滅ぼして中国統一を成し遂げました。
( 漢 )高祖・劉邦  …二世皇帝の秦・項羽の楚と相次いで戦いました。
(三国)蜀先主・劉備…魏・呉と戦いました。
( 唐 )三蔵法師玄奘 …天竺への途上で戦った妖怪どもは外国籍(笑)という
           ことになります。
( 宋 )呼保義宋江 …梁山泊に集結した百八人の豪傑は、宋王朝に帰順
           して遼などと戦っています。
( 明 )太祖・朱元璋…前王朝の元は周知の通りモンゴル起源です。
(近代)毛沢東   …日中戦争における日本、朝鮮戦争における韓国・
           アメリカを主力とする国連軍、中印紛争における
           インド、さらには「熱い戦争」ではなかったもの
           のソ連を相手とするイデオロギー闘争e.t.c

98/04/14(火) わっと(CXX02375)

スポンサーリンク

 

 これで中国のヒーローの条件7か条が揃いました。すなわち…

その一…本人は何もしない

その二…部下が優秀・特に副将が優秀

その三…妻子を不幸にする

その四…放浪する

その五…口は達者

その六…体の一部分に特徴がある

その七…外国と戦う

漢の高祖とその好敵手である楚王・項羽を主人公とした司馬遼太郎のミリオンセラー『項羽と劉邦』に関連して、1年半前にこんなエントリーを書いたことがあります。

watto.hatenablog.com

 項羽が新安というところで秦の降兵20万を生き埋めにしたことに関して司馬は「同民族に対するこの規模のジェノサイドは、世界史に類がないのではないか」と書いているのですが、ごく近い時代にその秦が長平の戦い後に趙兵40万人を生き埋めにしたと『史記』に書いてあるじゃないか、と突っ込みたかったわけです

 司馬遼太郎はまあまあ読んでいるんですが、自分の「はてダ」やブコメを検索すると、文句もすげー書いてるんですね。史実としてはあてにならないことが多くて、司馬を読んで誤った知識が刷り込まれちゃってるんじゃないかと心配になることがしばしばあります。また「史上他に例を見ない」みたいな表現が多すぎるのも気になります。史実としては信用できないし、文学的修辞としては陳腐に感じます。

そういう瑕疵をふまえたうえで、なお司馬にはまた読みたくなる魅力があります。文章が抜群に読みやすく、文庫本で何冊もある長編でも手に取るのが苦になりません。またどの作品にも、必ずクライマックスが用意されています。

 前回、名前を出したマンガ家の本宮ひろ志も、瑕疵を数え始めたらキリはないですが、それを補ってあまりある不思議な魅力の持ち主です。

前回のエントリーで言及した『大ぼら一代』の舞台はあくまで現代ですが、『三国志演義』に題材をとった『天地を喰らう』や、はっきりと司馬の『項羽と劉邦』を下敷きにしているとわかる『赤龍王』のような、中国古代史物も描いています。

赤龍王―本宮ひろ志傑作選 (1) (集英社文庫―コミック版)

赤龍王―本宮ひろ志傑作選 (1) (集英社文庫―コミック版)

 

 とりわけ『赤龍王』は、主人公・劉邦の豪放磊落な性格が本宮のダイナミックな筆致とピタリとはまって、本宮の代表作の一つに数えてもいいほどの仕上がりになっていたと思います。

しかし突っ込みどころは司馬作品以上です。まあ『史記』の時代の画像資料といえば、兵馬俑google:image:長信宮灯のようなズバリ同時代のものもないことはないのですが、大部分は後世の人間が想像で描いたものなので、考証に限界があることは仕方がありません。しかし例えば、秦都・咸陽に入城した劉邦や蕭何が、木簡に記された大量の秦の貴重な公文書を入手するシーンで、木簡がカマボコ板のように描かれていたのはガックリして、今でも記憶に残っています。木簡、竹簡は上代の日本でも用いられ、その写真が教科書にも載っていたはずなのですが。

ただし、そんなオオザッパな考証でいいのなら、私だったらぜひ描いてみたいシーンがあります。劉邦が秦の社稷を取り除く場面です。

劉邦は、項羽との戦いが定まらぬさなかに、秦の社稷を除き漢の社稷を打ち立てました。これは漢こそが秦に取って代わったというデモンストレーションに他なりません。ただし社稷というものがどういうものか、イメージがつきにくいです。『赤龍王』では項羽の陣営に「劉邦が秦の社稷を除いた」という伝聞が届いたシーンのみが描かれ、直接の描写はありません。

社は天を祀り、稷は地を祀るものだそうです。だったら日本の神社をうんと巨大にしたようなものを描いて、本殿を社、拝殿を稷と言ってしまえばいいではありませんか。

そして劉邦がその社稷の前に立ち、周りを兵士とも人夫ともつかぬ恰好をした男たちが、大勢で取り囲んで平伏しているのです。

説明役は張良がいいでしょう。劉邦の他の重臣のうち、蕭何は内政担当ですし韓信は別動隊として項羽軍の背後を襲うゲリラ活動にいそしんでいるからです。

大きなマサカリを手にした劉邦がぼやきます「なんで俺がこんなことをしなきゃならないんだ?」

張良が答えます「社稷には秦の祖霊がまだ宿っているのではと、祟りを恐れて誰も手を出せません」

「俺は祟られてもいいってのか?」

「皇帝陛下は天命を受けられた方です。神霊と言えども仇なすことはできますまい」この時点では劉邦の漢と項羽の楚の勢力はほぼ伯仲、若干漢に有利に傾きつつあると言うものの、漢軍と楚軍が正面衝突すると必ず漢軍が敗れるという評判は覆うべくもなく、一度の大敗で情勢が大きく変わることは、いくらでもあり得ます。

軍師の張良としては、漢の天下が定まったという空気を流布できる材料があれば、何でも使っておきたかったところでしょう。口調は丁寧ですが、有無を言わせぬ勢いで迫ります。「最初の一撃を加えることができるのは、陛下お一人しかいらっしゃらないのです」

このような部下の要望を大海のように飲み込むところが、劉邦の器のでかいところです。

「ふん! ようはぶっ壊せばいいってことだな。お安い御用ってやつだ」

まずは社の支柱に、マサカリで一撃します「あらよっと!」

続いて稷の手ごろな庇を叩き落します「どっこい!」

それをかたずをのんで見守っていた兵士たちは、やがて「うおおおおっ!」と声を上げ、一斉に社稷に駆け寄り破壊を始めるのです。

それを劉邦は寝転がって眺めます。張良はうやうやしく礼をして「お疲れ様でございました」と声をかけます。

「皇帝ってのはヘンな仕事だなぁ」耳なり鼻なりをほじりながら劉邦に言わせたいセリフです「でも俺には向いているな」