しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない。

謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー(補遺・追加ヒーロー)

「謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー」は「まとめ」で完結のつもりで、それ以上の考察はありません。ただオリジナルを書いた以後も、いろいろ本を読んだりしたので、若干追加しておきたいことが生じました。

おさらいのため日本のヒーローの条件を再掲します。

「日本のヒーローの条件九か条」

その一…弟である

その二…助っ人がいる

その三…優男、まれに女装をする

その四…西に強く東に弱い

その五…悲恋

その六…敵は身内にいる

その七…政治オンチ

その八…最後には負ける

その九…動物に関係がある

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「日本のヒーロー」が完結したときのエントリーに、Pokopon さんより次のようなブコメをいただきました。ありがとうございます。大いに感謝ですm(_ _)m

謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー(その7) - しいたげられたしいたけ2

大石内蔵助>祖父の養子になったので、父の弟になった。助っ人は46人。祇園で遊ぶ優男。江戸で切腹。息子が悲恋。斧九太夫(大野九郎兵衛)。結局切腹。浅野家家紋は違い鷹の羽。

2015/12/12 18:53

b.hatena.ne.jp

 エントリーに「大石内蔵助にはみごとなくらい一つも当てはまらない」と書いてしまっっていますが、完膚なきまでに覆されました。まいりましたm(_ _;)m

負け惜しみじゃないですが、歴史上の人物について「あれは当てはまるあれは当てはまらない」とやってみるのは、けっこう楽しい知的遊戯になるんじゃないかと愚考します。

 中国のヒーローに関しては、『史記』の時代の人物が過半を占め、追加の駄文も『史記』の時代から出られなかったことを、ちょっと口惜しく感じています。

中国のヒーローの条件も再掲します。

「中国のヒーローの条件7か条」

その一…本人は何もしない

その二…部下が優秀・特に副将が優秀

その三…妻子を不幸にする

その四…放浪する

その五…口は達者

その六…体の一部分に特徴がある

その七…外国と戦う

中国のヒーローの条件は、日本のヒーローの条件と比べると緩めなので、当てはまる項目の多い人物は他にも何人も思いつきます。今回は玄宗皇帝について書きたいと思います。

いらんことですが、一般には「玄宗皇帝」という呼称が流布していますが、中国史セクターはわざわざ「皇帝」とつけることはないんですよね。「玄宗」というおくり名(正確には廟号)のみで皇帝とわかるのですから。むしろ異なる王朝で同じおくり名を持つ皇帝がいるので、国号と諡号または廟号のセットで「漢の武帝」や「唐の太宗」などと呼びます。

玄宗は唐の六代皇帝です。その即位には二波乱も三波乱もあったのですが、それ自体が別の物語になるのでここでは省略します。45年に及ぶ長い在位の前半は、有能な大臣の補佐を得て「開元の治」と呼ばれる唐王朝屈指の繁栄期を築きましたが、やがて政治に興味を失い、とりわけ楊貴妃を寵愛するようになってからは贅沢三昧な生活に明け暮れたといいます(その一…本人は何もしない)。

楊貴妃はもともと玄宗の実子の愛妃でした。それを玄宗が奪ったのです(その三…妻子を不幸にする)。なお「楊」は姓、「貴妃」は皇帝の配偶者の敬称で、唐の後宮制度では「皇后」よりワンランク下だそうです。

楊貴妃の引き立てにより、楊氏一族は唐の朝廷で大いに権勢を振るいました。とりわけ親戚*1楊国忠は、宰相となり専横を極めたと言います。その楊国忠と、中国東北部の大大名*2であった安禄山との不仲が、ついには安禄山の反逆というカタストロフを招きます(反語的に、その二…部下が優秀・特に副将が優秀)。

安禄山は異民族のソグド人系と伝えられます(その七…外国と戦う)。体重200kgの偉丈夫で、とくに腹肉は膝まで垂れ下がり、あるとき玄宗から「その腹には何が入っている?」と尋ねられ「陛下への忠心のみが詰まっております」と即答して歓心を買ったというエピソードがあります。なお後代の白居易が書いた『長恨歌』の「温泉水滑ニシテ凝脂ヲ洗フ」という有名なフレーズ他、楊貴妃自身もまた豊満系美女であったと窺わせる文献が残っています(本人じゃないけど、その六…体の一部分に特徴がある)。

安禄山は二十万と号する兵を率いて反乱しました。太平に慣れた唐の官軍は弱く、あっと言う間に副都・洛陽が陥落しました。洛陽と首都・長安は潼関〔どうかん〕を隔てるのみです。玄宗長安を捨てる決断をし、蜀に落ちのびます。なおこの逃避行を、史家は蜀幸と呼称します。(その四…放浪する)。逃避行のさなか、騒乱を招いた元凶と見られた楊国忠ら楊一族は次々と惨殺されます。玄宗楊貴妃をかばおうとしたのですが、かばいきれず、ついに側近中の側近である宦官の高力士に命じて縊殺させるのです(再度、その三…妻子を不幸にする)。

玄宗の言葉は数々伝わっていますが、むしろここでは、杜甫李白といった唐代の大詩人は玄宗に仕えた人々であることを紹介しておきたいです。「国破れて山河在り」の『春望』は、安禄山軍が蹂躙した長安を見て杜甫が詠った律詩です。また前述の『長恨歌』は、玄宗楊貴妃のロマンスを今日に伝えるのみならず、改めて読み返すと「後宮三千人」とか「比翼連理」とか、すげー数の故事成語を提供してるんですよね。あと同詩中にも登場する「梨園」という言葉は、今日では日本の歌舞伎界を示す言葉ですが、元々は自ら音楽や演劇にも優れた玄宗が、芸人たちを梨の園に集めたことに由来する言葉です(その五…口は達者)。

安禄山は自らを皇帝と称し、燕という国号の新帝国を打ち立てました(再び、その七…外国と戦う)。しかし顔真卿・顔杲卿*3ら唐側の武将の粘り強い反撃にあいついに唐王朝を覆すことはできず、やがて内紛により自滅します。ただし天下を回復したかに見える唐王朝もダメージは深く、以後滅亡まで往時の繁栄を取り戻すことは、ついに叶いませんでした…

唐代の通史として宮崎市定大唐帝国―中国の中世 (中公文庫)』、陳舜臣中国の歴史(四) (講談社文庫)』の他、単著として村山吉廣『楊貴妃―大唐帝国の栄華と暗転 (中公新書)』、小説ですが井上靖楊貴妃伝 (講談社文庫)』などを手に取りました。個人的お勧めは藤善真澄『安禄山―皇帝の座をうかがった男 』です。文章がとても読みやすく、すらすら頭に入る気がしました。 イメージ画像として同書の書影を貼らせてもらいます。

安禄山―皇帝の座をうかがった男 (中公文庫)

安禄山―皇帝の座をうかがった男 (中公文庫)

 

 玄宗の時代というのは、ちょっと調べ始めると思った以上に我々に関連が深くて驚きます。五月人形鍾馗玄宗の夢の中に出てきた人物だといいます。日本からの遣唐使阿倍仲麻呂吉備真備らは、玄宗時代の長安を訪れました。特に阿倍仲麻呂は、蜀幸にも随行したのではないかという説もあります。

*1:再従兄弟、あるいは従兄弟とも

*2:正しくは節度使

*3:本来彼らは文人の家系と言われる