しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない。

長谷川豊氏の記事は「敵を作って叩く」というフォーマットを踏まえていることも指摘しておこう

TVタレントの長谷川豊氏の記事が注目を集めている。個人的な好みにより、記事本文にではなくブックマークコメント欄にリンクを貼らせてもらう。

b.hatena.ne.jp

この記事に関しては、id:iGCN さんからデータに基づいた反論記事が寄せられているので、こちらもリンクを貼らせていただきます。

igcn.hateblo.jp

微力ながら「拡散に協力」ってやつです。なお「拡散」と書く以上は、拡散した記事に対して記事の筆者と同等以上の責任を負うということです。私は常にそれを認識した上で、ブログやブコメを書いているつもりです。

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以下は読む価値のない駄文です。

長谷川氏の元記事を一瞥して浮かんだ感想は、「これは “よく知らない少数派の相手を敵に仕立てて、多数派の立場から叩く” という、近年おなじみの構造だな」ということだ。

ただし長谷川氏に誤算があったとしたら、長谷川氏が敵に仕立てようとした相手は、決して “よく知らない相手” でもなく “少数派” でもないということだと思う。上にリンクを貼った元記事ブコメ欄には、自分の家族や知人が人工透析を受けているというブコメが多数あった。私の親戚にも、人工透析を受けている者がいる。彼らが自業自得なのか、判断していいのは本人および本人と暮らしを共にし世話をする家族くらいであって、決して全体をひとくくりにして批判していいものではない。

糖尿病患者とその予備軍は、もっと多い。範疇をそこまで広げると、私自身が入る。「血液検査を受けた結果、幸い正常だった。でも疲れやすいのと多汗なのはなぜ?」という愚痴は、ブログやブコメに何度となく書いた。糖尿病は日本人の国民病とまで言われる疾患だから、長谷川氏自身も他人事じゃないんじゃないだろうかね?

私自身の言葉で長谷川氏の論を批判するため、しばしば書いていることだが「人権を守るには人権を守るしかない。人権以外の何かを守ることによって人権を守ろうとする試みは、歴史的に全て破綻している」という主張を繰り返しておこう。人工透析補助金が金額的に健康保険を圧迫しているとは言えない、ましてや日本を滅ぼしかけているとはとても言えないというデータは、ブコメにも書き込まれている。それより何より、予算を守るため、日本を守るため、誰かを「殺せ」という主張は、それとそっくりな主張を今年の7月に別の誰かから聞いたんじゃなかったかね? 考えるだけでも苦しくなるニュースだが。

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さらに脱線を重ねる。前々回の記事には多くのアクセス、はてなスター、コメント、ブックマークコメントをいただき、感謝しています。ありがとうございました。童話や昔ばなしの構造分析に関しては、多くの書籍が出版されています。私のような稚拙な論にあき足らない方は、ぜひそれらをご参照ください。細部まで覚えてるわけじゃないけどマックス・リューティ『昔話の本質―むかしむかしあるところに』、『昔話の解釈―今でもやっぱり生きている 』(いずれもちくま学芸文庫)、河合隼雄昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』(講談社+α文庫)が「面白かった」と印象に残っています。

余計なことを言うと、物語の構造分析をしたからといって、物語が作れるようになるわけじゃない。今回のように、「ああ、この話はこのパターンだな」と考えがちになる分、ヒトが悪くなるだけだ。

それはさておき、風土が思想に与える影響を論考した書籍としては、鯖田豊之『肉食の思想』を外すわけにはいくまい。 古い本だが、ロングセラーで、掛け値なしの名著だと思う。

肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))

肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))

 

ヨーロッパの農地は日本に比べて地味に薄く気候も寒冷なので、コメのような栄養価の高い作物は穫れなかった。よって動物タンパクで補うしかなかった。そのことが、同書劈頭P4に引用される、文学者の竹山道夫がフランスに寄宿したさい、幼い娘から聞いたという「牛や豚は人間に食べられるために神様がつくってくださったのだわ」との言葉に示されるような、人と動物を峻別する、ひいては神と人を峻別するヨーロッパ型の思想につながったのではないかと論考する。誰やらの記事と違って、統計値など数値データが、きっちりと、ふんだんに、使われている。

逆に、中途半端に栄養価の高いコメに頼ることができた日本でこそ、糖尿病が国民病と言われるようにまでなっているのかも知れないし、また稲作に特化してきたことによる日本社会や日本人のメンタリティの特徴も、いろいろに考えてみたくなる。まあ弊ブログでも、データは示せてないけどね。

どこかで線引きをして切り捨てる人は、必ず自分を切り捨てられない側に入れる。これに関してもいろいろギャグみたいな事例を収集しているので、いつかエントリーにしようと思いながら果たせない。一言でいえば「自分は切り捨てる側にいると思ったら、他人からは切り捨てられる側っだった」という構造だ。その意味で欧米思想の「神と人」、「人と動物」という線引きは、きわめて合理的に思われる。もちろんだからと言って、欧米が理想郷であるわけでもないが。

(「神と人」の線引きについては、以前に書いたことがある ⇒ 「完全なる神と不完全な人間」という二分法が、我々の心を楽にしてくれることがあるんじゃないかと思った - しいたげられたしいたけ

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あとついでにこれも書いておこう。長谷川氏記事のブックマークコメント欄で教わったことだが、拡散の責任は全面的に私にある。

Google Adsense には通報制度がある。長谷川氏のブログから、広告の表示をキャプチャして示す。

f:id:watto:20160921123119j:plain

このアイコンをクリックして表示されたページをスクロールすると、こんな欄があった。

f:id:watto:20160921123159p:plain

「問題の発生していた場所:」の「○ウェブサイト」のラジオボタンをクリックすると、ただちに画面が遷移して、次のような画面が表示された。

f:id:watto:20160921123235p:plain

私は長谷川氏のブログの内容が「サイトに暴力的なコンテンツが含まれている。」と「サイトに人種差別的な、または個人、団体、組織を誹謗中傷するコンテンツが含まれている。」に該当すると判断したので、チェックを入れた。

また「そのほかの情報をここに入力してください」という欄の反転させた部分の

「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理と泣くならそのまま殺せ!」この内容は殺人教唆でありヘイトスピーチであるので明白な違法です。

という文章は、私が入力したものである。

スクリーンショットは撮らなかったが、さらにこの下にはメールアドレスの入力欄がある。任意とのことだったが、私は入力した。

だから何ということではない。ご参考までに。私の言っていること、やっていることこそが間違っているとお考えの方がいらっしゃったら、お考えのままにご発言、ご行動いただければいい。

追記:

id:fujipon さんの記事も、賛同の意を示すためリンクを貼らせてもらいます。

fujipon.hatenablog.com

拡散するということは、記事に対して著者と同等以上の責任を負うということを自覚しつつ…と、いつもの天丼芸。