前回のエントリー で引用した中学生と数学教師の話の続きだが、もし教師が「0.999999・・・ は 1じゃないよ」と、開き直ってしまったら、中学生はどんな反応をするだろう。
ある演算をしてその逆演算をしても元の値に戻らない例としては、フーリエ級数のギブス現象なんてものを持ち出さなくても、ある数にゼロを掛けてゼロにしたらどんな数を掛けても元に戻せない例を出せばよかった。
さらに、教師にこんな話をさせてみたら、面白そうじゃないかな? 教師と中学生の双方に、もし十分なやる気と時間があればだが。
a1 = 0.5
a2 = 0.5 + 0.25 = 0.75
a3 = 0.5 + 0.25 + 0.125 = 0.875
a4 = 0.5 + 0.25 + 0.125 + 0.0625 = 0.9375
・・・
これは高校数学あたりでよく例に出される、無限和が有限値に収束する一例である。
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下のような図を描くと、n → ∞ で an は1に収束することが、直感的にわかりやすい。 an の値は、左側の面積1/2の四角形に、大きさを次々に半分にしていった四角形の面積を足し込んだ値で表現される。しかも、 an < 1は常に成立している。下図において右下に小さくつけた○で表した点は、級数和を表す面積に取り込まれることは永遠にないのだ(言うまでもなく、これはデデキントを遠目で見てます)。
ここで話は脱線する。新車をディーラーから買おうとしていると言うと、それを聞いた誰かが必ず、粘れば粘るほど値引きしてくれるから粘らなきゃ損だと言うものだ。これ実はディーラーの方が一枚上手なのだ。
話を単純化して、もし10万円の値引き枠があったとすると、ディーラーが最初に提示するのは、そのうちの5万円分だ。
粘って次に提示されるのが、2万5千円分だ。現金かオプションかは知らない。
粘って粘って次に提示されるのが、1万2千500円分だ。
粘って粘って粘って次に提示されるのが…結局トータルで値引き枠の予算を超えることは絶対にないというのがキモだ。
さらに現実には、逓減率が線形ってことはないだろうし(たぶん最初は大きく、あとになるほど小さく)、さらに次の値引きを提示してくる間隔はどんどん長くなるだろう。普通の神経の持ち主なら、どっかで根負けするか申し訳なくなって、契約してしまうことだろう。そもそも粘って新車をタダにしてもらった奴はいないよね。
* * *
数学の話に戻る。先の数列を2進数の小数で表すと、こうなる。
a1 = (0.1)2
a2 = (0.11)2
a3 = (0.111)2
a4 = (0.1111)2
・・・
1/3を、2進数の小数で表すと、次のような無限小数で表せる。
(0.333333・・・)10 = (0.0101010101・・・)2
無限小数表示の導出方法は省略するが、有限桁までの計算をしてみると…
(0.0101)2 = 0.25 + 0.0625 = 0.3125
(0.010101)2 = 0.25 + 0.0625 + 0.015625 = 0.328125
(0.01010101)2 = 0.25 + 0.0625 + 0.015625 + 0.00390625 = 0.33203125
だんだん10進数表現の数列に近づいて来ないだろうか。
さらに、2進数は、10進数と同じ要領で筆算ができる。
(0.333333・・・)10 × (3)10 = (0.0101010101・・・)2 × (11)2 を、筆算してみる。
10進数表記による「0.999999・・・= 1」は、2進数表記では「(0.1111111111・・・)2 =1」となるのだ。
教師と中学生の話に戻して、「だからこれは表記の問題だ」という方向に持っていってもいいし、先に示した四角形の図を見せて「だから0.999999・・・は実は1ではないのだ」と韜晦に出てもいい。0.999999・・・は、「(0.1111111111・・・)2 ほどには簡単に図示できない。特に右下の一点が、永遠に総和に含まれないことが。
さすがにそれは意地悪すぎるか。やはりここから ε-N 論法の話をさせたいところだ。
肝心の ε-N は、弊エントリーでは述べない。読もうと思えばどこでも読めるからだ。
* * *
さらに、上記の数列 an(n=1、2、3・・・)に加え、次のような数列 bn(n=1、2、3・・・)を導入する。
b1 = 0.9
b2 = 0.99
b3 = 0.999
b4 = 0.9999
・・・
そして、 an± bn、an× bn、an÷ bn を、いくつか計算してもらう。電卓を使えば、それほど面倒でもあるまい。
これは、数列の極限値に関する次の公式への布石である。「無限小数にも四則演算は適用できるんだよ」と言うためである。さらに言うと、数列に具体的な数値例を与えているのをあまり見た記憶がないので、ちょっとはオリジナリティを発揮したつもり。
これらの公式の証明にも、 ε-N を用いる。私がタネ本に使っている酒井孝一『無限級数 (数学ワンポイント双書 (17))』ではP16~20に載っているが版元品切れ。
ブログでは人気増田を踏まえたが、前回のエントリー にも書いたように、私のリアルでの関心対象は、現在とある大学の共通課程で使用されている微積分の教科書に、実数の公理や ε-N が載っていなかったことに驚いたことだ。
それはそれで、うまくできていると思った。高校数学のそのままの延長である。だが、やはりところどころで物足りなさを感じ、その物足りなさによって逆に、30年以上前に自分が学んだ数学基礎論の意味合いを、今更ながら反芻したくなったという次第である。
前回のエントリー に載せた数式を再掲する。これらは自明ではなく、相手が関数なので ε-N ではなく ε-δ と呼ばれるが、本来は証明が必要なのだ。
有限の演算が無限に対しては適応できない有名な例として、「サンクトペテルブルクのパラドックス」というのがある。「ギャンブルに絶対に負けない方法」と言った方が、手っ取り早いかも知れない。勝率1/2で勝てば掛け金の倍額をもらえる丁半バクチがあったとする。最初1円を賭ける。もし勝ったらやめるが、もし負けたら次は倍の2円を賭ける。もしまた負けたら次は倍の4円を賭ける。これを永遠に続ければ、必ず賭け金以上の額をもらうことができる。もし賭け金が無限にあればだが。これは、期待値を求める式の項が無限にあると期待値が収束しない、と定式化が可能である。
* * *
なかなか完結させられないので、一旦ここで稿を改めます。
前回のエントリー には、多くのアクセス、はてなスター、ブックマークコメントをいただき感謝しています。
「元の問題が有理数の範囲なのになぜ実数を論じるのか」という趣旨の、ごもっともなブコメをいくつかいただきました。短く言えば、上述の事情で当方の関心が実数対象だったからです。実数の話題は次回に出す予定です。
増田で次のようなご指摘をいただきました。ありがとうございます。当方からは、次回のエントリーで短くコメントする予定です。