しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

明知鉄道に乗って恵那市明智町の日本大正村を見てきた(後編:日本大正村編)

隣の愛知県にあり名前が似ている「博物館明治村」は、アミューズメントパークで入場に料金が必要だが、「日本大正村」はふつうの町中に観光施設が点在している。知らんかった。建物に入るのに入場料が必要なところもあるが、無料のところの方が多い。

「前編」の最後に貼った「大正浪漫亭」なる建物を、右側から撮ったところ。ここは案内所兼土産物売場なので、入場無料。

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さらにその右側には観光客用の駐車場があり、駐車場の脇には「よってっ亭」なる土産物店があった。入場無料(←ボケてます為念

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これは「大正浪漫館」の裏側(駅と反対側)を流れる川沿いの路地なのだが、なんだか風情がありません?

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 上の写真に写っている橋の上から、さらに上流を撮ったところ。

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橋を渡った正面(上掲写真右手)に、「大正路地」という看板がかかっていた。

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黒い板壁を見上げたところ。

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こんな案内板がかかっていた。

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文字起こしをしてみる。

 大正路地

 素封家であり、二代目町長、濃明銀行の創始者にして町の発展に功績のあった故橋本幸八郎氏宅の年貢米を収めた米蔵と、江戸時代から続いた旧家の、呉服問屋の反物類を入れた蔵の並ぶ路地です。蔵の白と黒のコントラストがあざやかです。この黒い羽目板は、数個の桟〔さん〕を取りはずすと、すぐに一面の土壁となって防火壁の役目をはたし、窓を閉ざせば外からの火を防ぐ仕組みになっています。
 この坂道を上ると大正村役場に出ます。
 また、この坂道は明知城址への登城口、また、八王子神社、遠山氏菩提寺および歴代の墓、明智光秀公供養塔への近道でもあります。 

ならば、坂道を上ってみよう。

実はこの写真の正面左手に、「大正村役場」なる建物がすでに見えている。正面突き当りは「絵画館」という建物。

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「大正村役場」に接近。

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上の写真に写っている案内板も接写。

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こちらも文字起こししてみる。

 日本大正村役場(旧明智町役場)

 明治二二年七月、明知町は町制を布きました。
 明治三九年、本格的洋風建築として建てられ、昭和三二年九月まで、明智町役場として使用されていました。
 瓦葺き寄せ造り二階建ての木造洋館で、当時としては目を見はるほどのモダンな建物でした。以来町の中心として衆議をはかり、町の発展を見つめて来ました。
 平成十二年五月に文化庁登録有形文化財に指定されました。

正面玄関。無料で中に入れるようだ。玄関口からちょっと覗いただけだったけど。

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絵画館。

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絵画館の手前を右に曲がってさらに坂を上がると、突き当りはまた丁字路になっており、左手側にこんな形の門があった。

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門の手前の案内板。

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文字起こし。

 明知陣屋跡(代官所

 元和元年(一六一五)旗本二代領主方景に江戸邸が与えられ、明知は廃城となり、かわりに城山下の大手門近くに陣屋がおかれることになった。この門が大手門跡である。
 旗本遠山氏の御陣屋として、代官が江戸時代から明治の大政奉還まで行政を行ったところである。
 土蔵と村上氏の代官屋敷はいまもそのまま昔の面影をとどめ、ひっそりとした中に江戸時代の風情が偲ばれる。
 旗本遠山氏の領知は六、五三一石六斗、旗本五千騎のうち、六千石以上の知行は五十指に満たない。

「五十指に満たない」という言い回しが気になるが、それはおいといて、この旗本遠山氏というのは、時代劇でおなじみの遠山の金さんこと江戸町奉行遠山景元の本家筋にあたる家系なのだそうだ。

同じ丁字路を右手に曲がると、「大正ロマン館」という建物がある。これが日本大正村のメイン施設の一つらしい。入場料300円(追記:あとで調べたら有料施設共通券500円というのがあるとのこと)。

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接近。写真からはよくわからないが、正面玄関の左右に像がある。向かって右が、「大正村初代村長」女優高峰三枝子、左が「大正ロマン館初代館長」横綱栃錦だそうだ。

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入口。内部の撮影は禁止であった。高峰三枝子栃錦のほか、地元出身で「裸婦図〈山本芳翠筆/油絵 麻布〉 文化遺産オンライン」他で知られる洋画家の山本芳翠の常設展もあった。ただし展示されている作品はレプリカばかりだったが。

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なお日本大正村の村長は、二代目が司葉子氏、現在の三代目は竹下景子氏だそうだ。大正ロマン館二階には、司氏が出演した映画ポスターなども展示されていた。

今にして改めて考えてみると、歴代村長や館長の常設展示物を除外すると(高峰三枝子の愛車だったというニッサン4000ccまで展示されていた!)、絵画のレプリカやオルゴール・手風琴などアンティークな展示物はあったものの、展示スペースは一気に半分以下に減ってしまうではないか。いいのかそれ? つか明智光秀や旗本遠山家は、大正時代と関係ないじゃないか。なんだか無理のあるテーマ設定だなとか、観光資源の開発に無理してんじゃないかなとか疑念が広がったが、来ちゃったものは仕方がない。一介の観光客が心配することでもなかろう。

大正ロマン館の玄関からは、明智町の主要部が一望できた。

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駅方面に戻りぎわに、大正浪漫亭の横手から大正ロマン館を遠望する写真を撮ったので、これを今回の締めということで貼ろう。

今気づいたけど紛らわしい名前だね、と締めが台無しになるようなことを思いついたが、思いついたら書かずにはいられない性分なので、あえて書く。

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