しいたげられたしいたけ

弊ブログでいう「知的」云々は「体を動かさない」程の意味で「知能の優劣」のような含意は一切ない

一度本を出しただけでも出版業界の独自の事情に次々とアクセスできたこと

前回のエントリーは、久しぶりにスマートニュースさんにリンクをいただいたこともあって、前々回並みのアクセスをいただきました。ありがとうございます。「あれは企画書なんてものではなく、ただの送り状だ」という自己突っ込みが入るが気にしない。昔書いた文章のコピペばかりで、新規に書いた分量は少なかったけど、それでも書いているうちに記憶がよみがえったことがあるので、今のうちにまとめてしまおう。

タイトルに書いた通りで、私が本を出した経験は一度きりだが、それでもそれまで知らなかった出版業界の事情に次々とアクセスできて、面白かった。どんな業界でも独自の事情はあるのだろうけど。

ただし、私が知らなかったというだけで、あとから気づいてみると、いろんな人がエッセイに書いていたりして、実は公知の事実だったというものばかりのような気がする。

目次

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初版が出るときの「儀式」

本を出すと、著者献本ということで、初版本を10冊タダでもらえる。それを担当編集者が著者のところに届けるのは、出版業界で慣習的に行われている「儀式」なのだそうだ。

私は当時も今もアパート住まいなので、応接間なんてものはない。編集者さんから、献本を持っていくのでと都合を尋ねられたとき、そんな慣習のことなど知らなかったから、遠慮して「宅配便でいいです」と答えたが、それでは困ると押し切られた。結局、名古屋駅前のレストランで落ち合った。

少し後で群ようこ氏のエッセイを読んで、それがそういう「儀式」であったことを知った。どのエッセイだったかは忘れた。

ちなみに著者や出版関係者が書籍の購入を希望する場合は、二割引きで買える。二割は流通マージンである。このことは比較的よく知られていると思う。

出版を公言していいのは発売の二週間前

生き馬の目を抜く業界だけあって、守秘義務に関してはシビアである。発売の二週間前までは、出版を公表しちゃいけないんだそうだ。私はプライベートでは盛大に喋っていたけど。

出版が実現する前の企画というのはデリケートなもので、潰そうと思ったら簡単に潰せるものらしい。また編集者さんは「出してしまった者勝ちですから」という物騒なことも口走っていた。

直後に、他社から『ポール・スローンのウミガメのスープ』が出た。『推理クイズ道場』のほうが、ほんの数ヶ月早かった。なんでもやることの遅い私としては、先方に先んじられなくてよかったとホッとしたのと、当時は「ウミガメのスープ」にのめり込んでいたので、相乗効果で盛り上がってくれたら嬉しいくらいに感じた。

しかし編集者さんは「パクリ本」とか呼んでご立腹だった。Paul Sloan 氏は本家なのだからパクリもなにもないだろうと思ったが、要するにタイトルをパクられたことが気に入らなかったらしい。いやだから「ウミガメのスープ」というタイトルも元々は…もうよそう。

そんなで先方の出版社に、抗議の電話の一本くらいは入れたようだ。もちろんそのくらいでは何の影響も出なかったが。「出したもん勝ち」は、今のネット語でいうところの「ブーメラン」になった形だ。ときに『ポール・スローン…』の編集者は、はてなーでもある今村勇輔(d:id:Imamura)さんです。もしご迷惑をおかけしてたら、すみません。罪滅ぼしとアイキャッチ画像にするため書影を貼ります。 

ポール・スローンのウミガメのスープ

ポール・スローンのウミガメのスープ

  • 作者: ポール・スローン,デスマクヘール,Paul Sloane,Des MacHale,クリストファールイス
  • 出版社/メーカー: エクスナレッジ
  • 発売日: 2004/10/20
  • メディア: 単行本
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翻訳エージェントは数社による寡占

そんなわけで、本家の翻訳作業が進行中だなんてことは、こちらも知ることはできなかったから、私が訳者になって訳本も出版できないかとか、いろいろ夢をふくらませていた。その話を雑談交じりに担当者さんにしたところ、翻訳出版はエージェント大手4社の寡占だと言われた。4社の社名も教えてもらったが、早口だったので憶えられなかった。出版取次が日販、トーハンのガリバー的寡占状態にあることは、本好きの間にもよく知られていると思うが、翻訳エージェントについては知らなかった。

一昨年のノーベル文学賞関連のホッテントリに投入したブコメは、この時の話がソースである。

【群像社】ノーベル文学賞作家に増刷を断られた中小出版社、健気な声明(全文)

知り合いの編集者に聞いた話。日本の翻訳出版は翻訳エージェントと呼ばれる会社を通すことがほとんどで、それも大手四社の寡占状態との由。文科省 http://bit.ly/1W61zXn 最大手タトル・モリ エイジェンシー http://bit.ly/1jVyi5A

2015/10/22 19:58

b.hatena.ne.jp

ただし上掲リンク先の文科省のサイトにも、ウィキペの項目にも「大手4社」という表現は見当たらないので、確認はとれていない(ウィキペには「著作権エージェント」として項目が立てられているが、拙稿では文科省の表記に従った)。

仕事の報酬は仕事、出版の報酬は出版

ここまで出版社の編集者さんにしばしば言及した。少なくとも出版初心者に対しては、編集者さんというのは絶対君主である。「出さない」と一言言われたら、おしまいなのだから。ただし万が一著者がベストセラー作家になったりしたら、力関係は逆転するそうだ。いろいろ言いたくて言えないことはあったが、幸いにしてほとんど忘れた。ただ一つ、P268で「位相幾何学ってご存知?」「そっちの方向にはクラインで…(笑)」というやりとりの、「クライン」を「暗いん」に直されたことは、未だに根に持ってるぞ。「クラインの壺」で一般にも知られる知られる位相幾何学の大家の名を知らなかったのか?

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それはともかく、企画の段階では編集者さんも「これはきっと売れる」とノリノリで、もし増刷がかかったらパート2を出そうと口約束してくれた。こちらは増刷を待っていられずに、パート2の原稿を用意した。

何度も繰り返している通り、売れなかった。

編集者さんの手のひら返しっぷりは見事なものだった。原稿に関しては、出版社で会議にはかけてみるが、出版に至る見込みはほとんどないだろう、との返答だった。出したかったら他社をあたってくれ、その時は「ウミガメのスープ」というタイトルは使わないでくれ、とまで言われた。

1月31日のエントリーに、書籍の企画の持ち込みを2度やって2度とも失敗していると書いたが、そのうちの1件が、これである。2件目はごく最近のことで、その件に関しては別エントリーに仕立てます。

現在では版元品切れになっているので、増刷かけてくれてもよさそうなものだが、編集者さんは転職してしまったし(他に手掛けていた本がことごとくコケたせいだろう。ざまみろ(="=メ)、権利関係が複雑になっているため(なにせ相手はあの「2ちゃんねる」だよ!)、残念ながら今となってはその望みは絶無のようである。

『ポール・スローン…』の方は、順調に版を重ね、続編もパート4まで出ている。ご同慶の至り。

「仕事の報酬は仕事」と言われる。この言葉はあんまり好きじゃないけど。仕事を成し遂げた人間にだけ、次の仕事が任されるという意味だ。同様に「出版の報酬は出版」と言うことができるかも知れない。本が売れなきゃ次の本が出せない、と解釈してもらってもいいし、たいていの出版は持ち出しの方が多い、という意味に理解してもらってもいい。