しいたげられたしいたけ

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近場でも「旅情」というか「旅行興奮」というかが立ち上がるとしたらどんなタイミングだろうか?(その3)

とか何とか言いつつ、かくいう私自身も、「旅情」というか「旅行興奮」というか、そういう感情が立ち上がることは、そうそうはない。

であるにも関わらず、旅行や散策にはあえて出るべきだと考える、というのが今回のエントリーの結論であるが、その結論にたどり着くまでにやや長い話が必要になる。

前回のエントリーを書きつつ、こんな「はてな匿名ダイアリー」(通称:「増田」)があったことを思い出した。もっと前のものかと思ったら、今月初め頃のホッテントリだった。

anond.hatelabo.jp

増田とそれについたブコメを読みながら、なんとなく「旅行好き」と「旅行嫌い」は、「旅行興奮」が立ち上がりやすいかなかなか立ち上がらないかという個人差によって説明がつくんじゃないかという気がした。だがそれを量る尺度というものがないから(なにせ相手は人間の感情であるから)、証明は安易に想像するよりはるかに困難だろうなという予感もした。

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とか何とか書こうと思っていたところへ、ちょうど マスクド・ニシオカ(id:maskednishioka)さんの、こんな最新エントリーが。

www.maskednishioka.com

マスクド・ニシオカ さんと奥さんの間での、旅行に対する温度差をつづった記事である。

「旅行興奮」には性差もあるような気がする。女性の方が男性より、旅に出ることによる高揚を感じやすいんじゃないかな? もちろん個人差の方が大きいだろうけど、そんな気がする。「その1」で引用させてもらった あか男(id:mraka2015)さんの場合は、相手がお嬢さんだから大人と未成年という別のファクターも関係がありそうだが。

一方で、アルコールが入ったりして一旦スイッチが入ると、より盛り上がるというか、よりはしゃぐのは男性のような気もする。特に集団で。

NTT西日本だったか、お化け屋敷で感情測定センサーのテストをやるCMを流してなかったっけ? あんなのを応用して、どっかの旅行代理店が、パック旅行客に協力を求めて、どのタイミングで「旅行興奮」が立ち上がるか調査したら、商業的にも意味のあるデータが採れるんじゃないかな、と無責任なことを考えたりする。

news.livedoor.com

   *       *       *

今回のネタは、近場に出かけて「旅行興奮」が立ち上がらなかった事例である。先に断っておくがこれはあくまで私の精神状態のみに依存する話であって、行き先には何の責任もない。当然ながら。

なぜか昔から神社仏閣が好きだ。小学校のときの修学旅行が京都奈良だったから、多分その刷り込みがあるんだと思う。ところで大寺名刹には、観光主体のところと、祈祷やご利益で参拝客を集めているところと、檀家が多く法事、法要で成り立っているところがあるように思う。法隆寺東大寺興福寺などは最初の典型だし、3月28日のエントリーに書いた豊橋の龍拈寺は三番目のような気がした(傍証として ルシュールクミオ( b:id:bg4kids)さんから「法事で訪れた」というブコメをいただきました)。二番目は、愛知では大須観音や豊川稲荷*1が該当するんじゃないだろうか。一番目と二番目の区別はつきにくいかも知れないが、奈良の大仏のご利益は何かと尋ねられると即答できる人は少なそうだし、大須観音や豊川閣の本尊は非公開である。

今回のエントリーに書くのは、甚目寺観音というところである。全国的な知名度はあまりないかも知れないが、地元では「尾張四観音」の一つとして名を知られ、節分の行事が有名なところである。

なんでここに行きたくなったかというと、3月19日のエントリーに書いた豊橋の泉寿寺の山門や三重塔がコンパクトながら魅力的に感じたので、別のところも訪れてみたくなったのだ。

甚目寺は名鉄を使うと名古屋駅から最短15分だ。また個人的事情を言うと、現住所と実家を往復するルートをちょっと変更すると、行けてしまう。以前にも訪れたことがあるが、何度訪れたっていい。

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小さいながら参拝者用の無料駐車場があるので、使わせてもらった。

駐車場から三重塔を望む。

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上掲の写真には映っていないが、駐車場の右手に案内板がある。左右二分割で写真を貼る。

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浅草寺の本尊の聖観音像も漁網にかかったんじゃなかったっけ?

左半分。

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三重塔のたもとには、こんな案内板があった。

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南大門。立派。写真からはよくわからないけど仁王様もいる。

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南大門の説明板。

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面白かったのは、ここかな。「十王堂(閻魔堂)」。中に入れ、十王(秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王)の座像と、地蔵菩薩、それに奪衣婆の座像があった。ほぼ等身大。

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説明板。

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鐘楼、奥は朱塗りの本堂と、その右に六角堂。

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六角堂の説明板。六角堂は中には入れないが、格子越しに地蔵像を見ることができる。

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境内の奥、本堂の右手に、四国八十八ヶ所のミニチュアがある。

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石碑。

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「発心の道場 阿波の国(徳島県)」

一ヶ寺ごとに二体の石仏がある。

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「修行の道場 土佐の国(高知県)」

布団をかけられているのは、石仏による涅槃像だろうか。

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「菩提の道場 伊予の国(愛媛県)」

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「涅槃の道場 讃岐の国(香川県)」

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本堂にも参拝。ただし本尊は非公開。いつもの通り内部の撮影は遠慮しました。

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本堂の案内板。正面右の柱に立てかけてある、白い看板の陰にありました。

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境内奥、本堂左手(四国八十八ヶ所の反対側)には、神社が二つある。本堂に近いほう(東側)が日吉社、遠いほう(西側)が漆部神社と言うらしい。

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漆部神社の鳥居。明神鳥居かな。

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漆部神社本殿。橋と本殿目隠しがある。格式高そう。

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一方、日吉社の鳥居。おや? 神明鳥居?

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本殿前の鳥居は朱塗りの明神鳥居?

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なんでこうこうことに興味を示すかというと、3月16日のエントリーに書いた箱根神社の湖上鳥居が、朱塗りの両部鳥居であることに興味を抱いたのだ。あとで検索したら、広島の厳島神社や滋賀の白髭神社の水上鳥居も朱塗りの両部鳥居であり、これらの形式が選択されたのは、強度と防腐という実用上の要請に応えるためじゃないかという仮説を持った。

それ以前は、なんとなく伊勢系は神明鳥居、それ以外は明神鳥居と思い込んでいた。市内の神社でも、神明鳥居と明神鳥居が同居しているところを一件、見つけた。鳥居の選択は、思った以上に融通無碍なのかも知れない。相撲に例えると、初代と二代目の若乃花が雲竜型で三代目が不知火型であってもいいし、師匠の隆の里が不知火型でも稀勢の里が雲竜型を選択してもいい、みたいなものかも知れない。この例えいりませんでしたね言いたかっただけですすみません。

さらに言うと、東海近辺の神社仏閣は、神仏分離が比較的徹底していなかったような気がする。現在でも地蔵と祠が隣接していたりするところを、多く見かけるように思うのだ。これも気を付けて見ることにしよう。

とまぁそんなわけで、遠方のものと近場のものを結びつけて、あれこれ愚考をめぐらすのは楽しいが、結論を先に述べた通り今回は「旅行興奮」が立ち上がる余地はなかった。近所の散策と、あまり変わるところはなかったのだ。さすがに近すぎたかも知れない。

一言で言ってしまえば、「旅行興奮」以外のものを求めてうろうろしたって、構わないじゃないかということである。

*1:たびたび書いているように寺院です