しいたげられたしいたけ

弊ブログでいう「知的」云々は「体を動かさない」程の意味で「知能の優劣」のような含意は一切ない

愛知県刈谷市の洲原神社に参拝そして洲原公園で花見

前回ネタにした実家から近い輪中堤防は、「穴場では?」ということで情報提供の意味が多少はあったんじゃないかと思っているが、今回のは、地元ではわりと知られた花見スポットであるため、「見てきた」という日記以上の価値はあまりないかも知れない。どっちもあんまり変わらないかな?

現住所の隣街(某200万都市でないほう)にある、洲原神社という神社の参道である。

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参道右手にラジコンのコースがあるが、今回の趣旨とは関係ない。

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神社は小高い丘の上にある。

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明神鳥居である。最近こればっかでしつこいですねすいません。まだやる予定がありますすいません。

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教育委員会による由緒書き。

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文字起こししてみた。

洲原神社

 蛭子命〔ひるこのみこと〕、大己貴命〔おおなむちのみこと〕、大日孁貴尊〔おおひるめのみこと〕、軻遇突智命〔かぐつちのみことめのみこと〕をまつる。洲原池の守り神として建てられたといわれる。創立については、(1)加賀白山開創者と伝えられる泰澄による創立(8C頃)、(2)見性寺住持華厳曹海による創立(18C頃)、(3)土井利徳による創立、(4)明暦元年(1655)に創建、の諸説ある。堰堤の決壊に悩まされた住民が、五穀豊穣・雨乞の神として名高い美濃国洲原神社の分社として創建したのが始まりといわれるがどの説も確証を得ることは難しい。
 平成15年1月
  刈谷市
  刈谷市教育委員会

こちらは(多分)神社による由緒書き。教育委員会による由緒書きと並んで立っていた。

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こちらも文字起こししてみた。

洲原神社御由緒
≪略≫
祭神 主神 菊理比咩命
      蛭子命
      大己貴命
      大日孁貴尊
      軻遇突智命
 当神社の創立年代は詳らかでないが古老の口、碑などによると度重なる堰堤の決壊と水漏れに悩まされた住民が五穀豊饒、雨乞の神として名高い美濃の国(岐阜県美濃市)の洲原神社の分社としてこの地に明暦元年頃(一六五五年)創建したのが始まりといわれている。
一方往時の社坊井谷山見性寺の寺記等によって案ずるに見性禅寺開山の師華厳曹海ノ和尚が加賀の国白山比咩神社及び美濃の国洲原神社を特別尊崇して度々参詣していたという。
さらに井ヶ谷洲原の山容が、美濃の国洲原神社によく似ているうえ両社共奉祀の御祭神が同神なるを以ってこの井ヶ谷の地に産土社として洲原の神を勧請し奉ったもので、正徳宝暦の頃には領主所領の関係上村内を上組、下組の二つに分かち下組を以って当神社の氏子としたが明治初年に旧に復し尓来井ヶ谷の郷の鎮守として今日に及んでいる。
当今、洲原公園の名勝地と友に五穀豊饒、縁結び、安産の守護神として広く世に知られ老若男女の信仰篤く常に参拝者が絶えない。
明治八年村社に列し同四十年神饌、幣帛料供進社に指定せられ昭和二十年、時代の変革によって宗教法人として現在に至る。
  昭和六十三年十一月

前回書いたとおり、同じ濃尾平野であるにもかかわらず、尾張東部、三河西部は大河がなく灌漑に苦労していた一方、美濃南部は対蹠的に日本有数の大河が集中する地域で、治水にこそ苦労していたのだ。

後で出てくるが、洲原池という大きな灌漑用溜池がある。その漏水や堰堤決壊に悩まされた近隣住民が、美濃から神様を勧請するのは「なるほど」感あるな、などと考えた。

ところが帰宅後確認のため「美濃洲原神社」を検索したら、平野部ではなく山間部にあるではないか!

それはそれで興味がわいて、もう少し調べてみたくなった。できれば現地に行ってみたい。だがすぐには叶わないので、この話題は一旦保留する。

本殿。普段は締まっている拝殿の扉が、なぜかこの日は開いていた。

内部はがらんどうで、黒ずんだ板敷きの中央部だけに青畳が敷かれていた。

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拝殿右手の小径を奥に抜けると…

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「足元注意」

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右手に「桜まつり」のぼんぼり。

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左手にもソメイヨシノの林立する公園があったはずだが、おや? 造成されて苗木が植えられていた。

根元に「染井吉野(ソメイヨシノ)」という木札がかかっている。まだこんなに頼りない苗木なのに、幾輪かの花をつけている。

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丘を下ると、池が見えてくる。これが前述の、洲原池という農業用溜池である。

露店が出ている。

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池沿いのサクラは、去年以前のままのようだった。

幼いお子さん連れのお母さんグループ。

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なんだかんだ言って、露店は花見に花を添えていると思う。花に花を添えるという言い回しはヘンだけど。

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もう一枚。

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池沿いの古木。幹に巻かれたムシロが痛々しい。

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洲原池の案内書き。

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これも文字起こししてみた。

洲原池
 刈谷藩主土井利徳の頃(1767~1787)開鑿されたといわれるが、確かなことはわからない。面積は16ha、最も深い所で5mの灌漑用の溜池である。
 昔は新池といわれていたが、洲原神社をまつるようになって洲原池といわれるようになったとされる。
 池の周辺には遊歩道が整備されている。

 平成15年1月
  刈谷市
  刈谷市教育委員会

その遊歩道を、さらに池に沿って歩く。

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このあたりで接写してみよう。

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反対側には、花壇と、花壇の向こうには、ソメイヨシノを背景にするように白い木花が咲いている。

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毎年、同じくらいの時期に満開を迎えるのだが、この白い花の名前は何というのだろう? ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。

白と薄いピンクが引き立て合って、とても好きなのだ。こういう植え方、もっと流行らないものだろうか?

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もうちょっと歩くと駐車場が。無料だったはず。左手のこんもりした丘は、頂上に先の洲原神社があるところだ。

「無料駐車場あるよ!」というのは、ひょっとしたら重要な情報かも知れない。

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洲原池は複雑な形状をしていて、一周すると3~40分くらいかかる。

対岸からサクラを眺める。

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神社の裏手を起点とすると、池を一周した終点付近に、頑丈そうなコンクリートの堰がある。3年くらい改修工事をやっていて、完成したばかりのはずだ。今は満水だが、改修工事の間は、池の底がほとんどの場所で見えるくらい水を干していた。

たぶんサクラのある公園も、改修工事の完成に合わせて造成し直したのだろうと思い当たった。

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