しいたげられたしいたけ

ルワンダ大虐殺の責任を問われたフツ向けラジオDJ「殺せとは一言も言っていない。俺はただ、危ないぞと言っただけだ」

お百度参り二社め(25/100)

前回のお百度参りの記事 は、この写真で締めた。この丘の上にある神社が、地図でみると拙宅からは若干近いようだと書いたのだが…

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わはははは、当然ながら実は知っていたのだ。ここは参拝するとなると、この石段を上らなければならない(^▽^;

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急ぐことはない、息長く続けるつもりと言いながら、一度目のお百度のコンプリートは早めに達成しておきたかった。気分的なものだ。それで、より困難が少なそうなところから先にお参りすることにしたのだ。

 

写真からはわかりにくいが、手前の常夜灯のセンサーが壊れていて、昼間であるにもかかわらず点きっぱなしだった。昼行灯ってやつだな。私みたいだ。ほっとけや。

よし、今回はお前を百度石代わりにしてやる。偉そうだな。

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石段を上ると見晴らしがいいなー、と現実逃避的に棒読み。

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ここは八幡宮だ。写真はないが、拝殿の額を見ると総本社は岩清水八幡宮とのこと。

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拝殿。前回まで、ずっと拝殿のことを「本殿」と書いてしまっていた。本殿と呼ぶべきは、拝殿の後ろにある小ぶりで高床の建物のことだった。

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二枚上の右手に写っている「八幡宮造営記念碑」をアップで。

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これは記念碑の裏にあった由緒書。紋は google:image:丸に橘 のようだ。

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文字起こし。

高鴨八幡宮由緒
祭神 應神天皇
一、正保三年八月、鬼頭景政の勧請により石清水八幡宮分神として沓掛新田狐穴の地に奉祀される
一、明治五年七月二十八日、村社公許
一、明治三十九年十月十九日、皇太子殿下大演習のため御駐輦、御参拝せらる
一、創建以来八幡宮と尊稱してきたが明治中期の神祇制度により、八幡社と改稱し現今に至る
一、昭和五十四年十一月四日、造営を記念して、旧に復し更に地名を冠して、御社名を高鴨八幡宮と改稱し、ここに社号標を建設することとなった

 「駐輦」が読めなかった。あとで調べたら「ちゅうれん」と読み「天子が行幸の途中で車を止めること」とのことだった(Weblio辞書)。

 

記念碑の右手奥には、こんな碑が建っていた。

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こちらも文字起こし。

高鴨八幡宮御造営記
当宮は現地に氏神として創建されて以来、三百有余年を経て今日に至ったのである。この間幾度か修改築が行われたが、永年の風雪により老朽化甚しく非常に危険となり、氏子の守護神として崇め祀る御社の損傷を拝するに偲びず、今般氏子並に広く各位の奉賛を迎ぎ、総工費金四千余万円、工期一年六ヶ月余を以ってここに恒久建築による御社、祝詞殿、拝殿の造営を達成し、さらに水屋、社務所の新築、神具の整備をも併せて行うことが出来たのである。
昭和五十四年十一月四日

 

スマホのブラウザに、前回までの関連記事にいただいたブコメとスターを、一旦すべて表示させた。力不足ながら、みなさんの代参の意思表示のつもり。

そしてスマホに最新のエントリーを表示した状態で、ポケットにしまい、参拝スタート。

 

拝殿の右手奥に掲げられた案内板。

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1月12日付拙記事 にも書いたが、八幡宮は元は源氏の氏神で武神だ。しかし今どき戦はないから、ここは「交通安全(車祓い)・学業成就・厄除け・初宮詣り」を謳っている。

厄に打ち勝て! 病に打ち勝て!

 

…と、威勢のいいことを言いつつ、急な石段の上り下りは膝に来る。

これは石段右の道だが、ゆるやかな坂になっていて、その奥には…

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境内の横手に通じる石段と…

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境内裏口へとつながるスロープがある。

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スロープといいつつ、まあキツい坂だ。舗装にタイヤのすべり止めも刻まれている。

この坂を上がると、拝殿の裏に出られる。 

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これは逆順路で、拝殿右手から裏口に向かうところ。

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三枚上の写真の坂を、こんどは見下ろしたところ。石段に比べればマシだが、けっこう急な坂だったと繰り返しておこう。 

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境内横手の石段の方は、上り切ると手水場がある。

この向かい側(写真左手奥)あたりに、さきの「八幡宮造営記念碑」がある。

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石段を見下ろしたところ。裏口の坂に比べれば急だが、正面石段ほどではない。中間というところだ。裏口は少し遠回りになるので、ここを使う経路が一番楽かも知れない。

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ということで、参拝ルートを気まぐれで変えながら、この日は 10:00 台スタート、13:00 少し前まで、計25回参拝した。続きはまた来週末以降に。

 

帰り際に、民家の庭に、みごとな赤い実をつけている木があった。ビラカンサだったっけ?

よそのお宅で悪いけど、表の公道から見えるところだったので、写真を撮ってしまった。

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サザンカも咲いていた。

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