仕事が暇なので、冊数だけは読んでいる。しかし最近は2度読み返さないと、内容が頭に入ったような気がしないのだ。年とともに読解力が落ちているのかも知れない。あるいはこれまで1度読んだだけでわかったつもりになっていただけなのかも知れない。
単純に言って、展示会でも2巡したほうがよいように、本だって2度読んだほうがいいに決まっている。全体の構成がよりよくわかるし、1度読んだだけではどうしても見落としが避けられない…と加齢現象にはあえて目を向けないことにする。
弊ブログのレビューは、2度読み返した本に限定しようかなと思っている。滞るのは当然である。
ただしミステリだけは例外で、さすがにこのジャンルはなかなか2度読みする気は起きない。以下の2冊は、今のところ1度読んだきりである。
綾辻行人『時計館の殺人』(講談社文庫)
「館シリーズ」の最高傑作の一つと評判が高いにもかかわらず、読前にブログのリンクを辿ってうっかりネタバレしているサイトを読んでしまった。痛恨(T_T)ミステリのネタバレは安易にやってほしくないもんだ。評論の必要上どうしてもネタバレにならざるを得ないケースもありうるかも知れないが、私の見たサイトはそんなじゃなかったぞ。ぶつぶつ。
よいミステリの条件として「意外な犯人」というのは外せない。しかし作中人物の中に必ず犯人はいるのだから、いかに「意外」を演出するかがキモとなる。この著者の場合、「内部と外部」・「過去と現在」・「作中作」といった道具立てを使って「意外」を仕立てるのが得意技である。読者に「この人物は事件の渦中の外側にいる人なのだな」と思わせるテクニックに長けている。つまり読者に誤った空気を読ませるのだな。
いらんことだが、巻末の《綾辻行人著作リスト》(p626〜)というのが間違っている。『殺人方程式―切断された死体の問題―』に「(本書)」という表示がついている。
島田荘司『斜め屋敷の犯罪』(講談社文庫)
その綾辻の師匠筋というか先輩筋というか、綾辻が多分テクニックを学ぶなり盗むなりしているんだろうなと思われるのが、こちらの著者である(あ、「盗む」というのは、いい意味ですよ、盗む方にとっても、盗まれる方にとっても)。雪に閉ざされた奇妙な屋敷で起きる連続殺人、しかも密室である。シリーズ第一作の『占星術殺人事件 (講談社文庫)』と同様、本書にも「読者への挑戦」がついているのだが、今度は犯人は当てたぞ!いやトリックを見抜いたのではなく、著者が誰を「事件の渦中の外にいる人物」と思わせようとしているのか、と逆に考えたのだ。しかし今度はトリックは外した。殺人現場に至るルートとして、別の経路を想像したのだ。だが私が想像したルート(はっきり言っちゃうと屋敷の屋上なのだが)は、結局物語中で一度も言及されることはありませんでした。外したのと一緒やな…