しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを要求しない

被災地ボランティア(その3)

前回のエントリーにupしたスケジュール表より。
>> 8:15 (三陸道登米東和IC)南三陸町防災対策庁舎 黙祷
バスから被災地に降り立ったのは、ここが初めて。360度ぐるりが瓦礫というのは、やはり衝撃だった。
これまでのボランティアの経験から、「臭い」を覚悟していた。'08年8月の豪雨の後で岡崎市にボランティアに行ってきたときには、「むっと鼻をつく悪臭。どこの家にでもある家臭とでもいうべき臭いを、うんと強烈にした感じ」と書いた ⇒ https://watto.hatenablog.com/entry/20080902/p1 今回は、意外なことに悪臭はしなかった。建築現場のような木と土の混じった匂い。快いくらいだった。予想していた磯の香とか腐敗臭とかは、全然なかった。もっとも後に、忘れかけていた「仮設トイレは猛烈に臭い」という事実であるとか、いろんな臭いをたっぷりご馳走になるのだが、それはそれ。
南三陸町の防災対策庁舎は、その瓦礫の中で鉄筋三階建ての赤い鉄骨だけが生き残っている。そのため、いわば災害のシンボルとして、礼拝場所のようになっている。おびただしい献花とソフトドリンクのボトルや缶、それに千羽鶴。何やら寄せ書きのされた日の丸も、二、三本。線香の匂いもする。
ちょっと広島の原爆ドームを思い出した。それが不謹慎なのか、そうでないのか、よくわからなかった。
主催者の説明によると、ここは3・11のときに数知れぬ悲痛な出来事の舞台にもなったとのこと。一人だけ名前を挙げるなら、世界一の防災無線アナウンサー(と言い切ってしまう。異論はあるまい)遠藤未希さんの勤務地だそうだ。
30秒ほど、合掌・黙祷。
再びバスに乗り、活動地に移動。
>> 9:00 気仙沼市小泉浜ボランティアセンター着

気仙沼市に『はまセン』こと「小泉浜ボランティアセンター」と称する任意団体が設立したボランティアセンターがあって、そこが現地のニーズを取り仕切ってくれているとのこと。
スケジュール表とは異なり、『はまセン』には入らず直接活動現場に移動した。『はまセン』には、昼休みと活動後におじゃました。
この日は『はまセン』からほど近い山中の、谷間から瓦礫を運び出す活動だった。
現地はリアス式海岸で名高く、入り江から山までが近い。瓦礫は重機とトラックで最終処分する施設まで移動するしかないにせよ、その重機の活動が可能な場所まで運び出したり、あと分別したりするのは、人手に頼るしかない。というわけでボランティアの出番なのだ。
一枚だけ携帯で撮った写真を。こういうとき、一枚の写真は何十行もの文章より雄弁である。
立木の間に、津波で細かく砕かれた木片やら、あらゆるものが散在している。これらを参加者がバケツリレー方式で運び出すのだ。
これがキツかった。個人的には、これまで参加した活動の中で一、二を争うほどの重労働に感じた。時間がたつのが遅い。小雨模様なので事前に百円ショップで用意した雨合羽の上下を着用していたが、そのペナペナのビニール生地の下で、汗が滝のように流れるのがわかる。
いや、労働自体はそんなにたいしたことはなかったと思う。一時間半か二時間ごとに必ず休憩は入れてくれるし、何より活動は午後4時までと短い。いけないのは私の体力が落ちていることだろう。自転車通勤と、時々のジョギングは続けているのだが(ジョギングの方はサボり気味だなぁ。花粉が飛んでいると言ってはサボり、梅雨だと言ってはサボり…)、多分それくらいでは追いつかないほど体力の低下が早いというのが、冷酷な現実だろう。
あと「しゃがむ」という動作が多かったのが、日常生活との違いだろう。帰宅してから何日か、しゃがむ部位の筋肉痛に悩まされた。いや変な話だが、なぜか筋肉痛があるということを、ちょっと嬉しく感じもしたのだが。
普段からスクワットでもすることにするか。自転車通勤とジョギングに加えて。
スポンサーリンク