🍉しいたげられたしいたけ

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ときにハンコを押さない方が危ないこともあるという話

他人から聞いた話。個人特定を避けるため、あまり詳しいことは書けない。主な登場人物は、お金持ちの老未亡人と不動産屋さんしかいないが、どっちの側から入手した情報かということも書かない。
一人暮らしのお金持ちのお婆さんがいる。町工場を経営していた旦那さんが、亡くなる前に工場の建屋を撤去して宅地として売却したため、ン千万という貯金を持っている。一番上の桁を四捨五入すると億だそうだ。
工場は赤字続きで生活は決して楽ではなかったそうだが、土地はまあまあの値で売れたとのこと。しかし大金を手にしてからも、お婆さんは以前と同様、自宅近くのスーパーで1個10円の蒸し麺や1袋19円のもやしや1パック39円の豆腐を購入して、つつましく暮らしているそうだ。
私より節約しているな。私は料理ができないもんで、近所のスーパーで賞味期限切れ間近で値引きされた調理パンや菓子パンをよく購入しているが、それでも100円前後はするぞ!自分で料理ができないというのは、やはりいろいろと不経済なのだな。
ええい、話がズれた!
売却した土地は宅地に小分けして順調に売れて行ったそうだが、最後の一区画が売れて家を新築しようとしたとき、問題が発生した。
工場の建屋の登記が残っていたため、建築許可が下りないのだそうだ。
建物を破却したときには、滅失登記〔めっしつとうき〕と言って、建物が無くなったことを届け出なければならない。それを町工場の社長は怠ったらしい。あるいは工場を壊した業者がアドバイスすべきことだったのかも知れない。
建物の登記は、所有者が亡くなると相続者に引き継がれる。
登記実務はあんまり個人でやるもんじゃない。司法書士とかに任せるのが一般的らしい。
間に入った司法書士が、お婆さんに対して、こんなことを言ってしまったらしい。
「黙ってハンコを押してください。あとのことは一切、こちらに任せて!」
これでお婆さんは警戒してしまった。
一人暮らしでお金持ちの未亡人なんて、今日びの日本社会で、これほど危なげな存在はない。離れて暮らしている家族や親戚一同から「ハンコは押しちゃダメ」と、嫌というほど言い含められているらしい。そりゃそうだろう。
それに長らく社長夫人をやってきたにも関わらず、実務関係にはとんと疎い人なんだそうだ。でもそれを言ったら、恥ずかしながら私も滅失登記なんて知らなかったぞ。こういうのって、どの程度までが一般常識の範疇に入るんだろう?
さらに、いろいろとアンラッキーな偶然も重なったらしい。法務上の処理では、土地を小分けにするとき、分筆〔ぶんぴつ〕というのを行うんだそうで、すなわち番地に枝番というのをつけるんだそうだ。例えば元の番地が1234であれば、1234-1とか1234-2とかいった具合に。
その枝番のついた区分が売れたときには滅失しなかった建物の登記は引っかからなかったが、何の偶然か元の番地が残った区画が最後まで売れ残ってしまったという。
お婆さんにしてみたら、すでに家がいっぱい建っているのに、なんで今さら問題になったのかが理解できないんだそうだ。
それから建物の固定資産税はかからなかったんだろうかという疑問も生じる。壊したはずの建物に税金がかかっていれば、すぐに気づくはずだから。
これは不動産屋さんに尋ねてみたのだが、不動産屋さんの話によると、登記と課税は所管が違うんだそうだ。なんでも登記は法務局で行うのだが、固定資産税は市町村自治体が担当で、役場に届け出て、目視による確認すなわち確かに建物が無くなっていると担当者が確認すれば、それ以後の年度の固定資産税課税通知は来なくなるんだそうだ。
お婆さんが断固としてハンコを押さないとなって、青くなったのは不動産屋さんである。もう買い手もついて、認可を待つだけの段階で、この事態である。家一軒が建つか建たないかなのだから、シャレにはならない。
お婆さんの自宅に日参したり、不動産の売買を仲介した地元の銀行の支店長にお婆さんの自宅を訪れてもらったり、あの手この手で説得を試みているのだが、埒が明かない。
銀行の支店長が自宅を訪れたときには、お婆さんは居留守まで使おうとしたという。社会的な経験があまりない相手には、支店長の肩書なんて通用しないのだ。
まぁ私の理解からしても、支店長とか支社長とかなんて役付きが出張ってくるときというのは、お詫びとか、えてして「名ばかりは相手に与えましょう(実のほうはビタ一文も譲りませんよ)」というケースが多いのだが。実務のときには担当者が出てくるものだ。「役付きが怖くてマージャンが打てるか!」というやつである。
またしても話がズれた。
とにかくそれで、遅延による契約解消とかの損害が発生したときには裁判を起こすしかないというところまでこじれかけているとのこと。
このケースでは、過失があったとしたらお婆さん(お婆さんの旦那さん)の側かもしれないが、損害を被る可能性があるのはお婆さんの側ではなく不動産屋さんの側である、というのがややこしいところだと思う。
開発が大好きな日本のお国柄、なんらかの方便は用意されているんじゃないかと思ったので、ちょっとググって調べてみた。
そうしたら「職権による滅失登記」というのがヒットした。今回のケースのように、登記の名義人が滅失登記に応じない場合には、土地の現所有者など利害関係者が法務局に申し立てれば、書類審査とか目視確認とかを経て、法務局の権限で建物の滅失登記を行うこともできるんだそうだ。
そりゃそうだろうね。でなきゃ永遠に家が建てられない土地が日本中あちこちに残りそうだ。
でも、お役所仕事のこと、このような処理を行うとなると、さらに何か月も遅延が発生するだろう。
お婆さんが我を折ってハンコを押してくれるのが、いちばんスムーズな解決のように思うのだが、どうなることだろう…?