しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを求めない

文章で人を笑わせるパターンはきっと限られているだろうから集められないかという試論

3月1日付拙記事 に、『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーンとフレディ・マーキュリーという素材の新しさはさておき、ストーリーは古典的な筋運びが多用されているんじゃないかと思ったと書いた。「ここはパーティの結成だな」「シンデレラ・ストーリーモードに入ったか」「偉いさんという敵対者との対決」「ここからは難病物語か」ということが、なんとなくわかるのである。

しかるに、それでは物語のパターンを網羅してみようかという気を起こしたくなるが、それを成し遂げるのは容易でないような気もする。

先行研究として ウラジーミル・プロップ の31パターンであるとか…

matome.naver.jp

アンドリュー・リーガン の6パターンであるとかが思い浮かぶが…

gigazine.net

「これで疎漏や重複はないのか?」とか、「そもそもこういうことがやりたかったのか?」とかいう疑問が浮かぶのである。

ハリウッドはずっと昔から物語分析でストーリーを作っていると、よく言われる。分析手法は機密だろうけど、流出したりしてないかな? 見てみたいもんだ。

 

ときに、2週間ほど前になるが 資格君(id:sikakukun)さんのこんな記事を読んだのが印象に残っている。言及失礼します。

sikakukun.hatenablog.com

これはすごくわかる。文章では、ライブで人を笑わせるときに使うテクニックの多くが使えず、使える技が限られている。にも関わらず、きっちり人を笑わすことができる人がいるのだ。

最初に思いついたのは、井上ひさし、筒井康隆 らプロの作家であったが、彼らはプロなのだから当然と言えるであろう。プロはやっぱりすごいんだよ。勉強量一つにしても、常人の容易に及ばないところがある。

こんなことがあった。筒井 の短編集を読んでいて、その中に一つ意味がぜんぜん理解できない作品があった。解説が 井上 で、本短編集でもっとも評価する作品として、まさしくその短編の題名を挙げていた。フロイト理論をここまで咀嚼した 筒井 の力量に舌を巻いたとのことであった(タイトルを忘れたので検索して調べた。短編集は『バブリング創世記』(徳間文庫)で、短編は「鍵」だったと思う)。

 

プロの作家の足元にも及ばないけど、私も自分のブログに笑いのタネを仕込むことは、よくある。他人の笑いを取ろうなどと大それたことを狙っているわけではない。どうせ書くなら楽しんで書きたいという、シンプルな動機である。自分一人しか乗れない原付ギャグだと他人に説明したら、妙に受けたことがある。受けを狙わなかったことがよかったのだろう。

 だがその「笑いのタネ」のバリエーションが限られていることは、常々自覚している。「物語のパターン」の網羅は難しくても、こちらの私家版としてのコレクションならある程度は可能なんじゃないかと思いついた。疎漏はあるだろうけど、あとで補遺してゆくしかない。

 

そんなことを思いついたきっかけの一つは、2月11日付の拙記事 を書くにあたって 初代林家三平 のウィキペを読んだところ、林家 が用いたギャグがかなり丹念に集められていたことだ。

「こうやったら笑って下さい(と額にゲンコツをかざす)」

は文章では使えないけど

「――このネタのどこが面白いかと言いますと……」

はたまに借用することは、最近何度か書いた通り。

先に書いた「ライブでは使えるが文章では使えない」テクニックの一つに、なんらかの方法で「ここは笑うところですよ」と観客に指示するというものがあると思う。TVのバラエティ番組でひな壇芸人の笑い声を挿入するのは、その典型であろう。

それを自分で演ってしまったところが、林家 の天才たる所以だったと思うし、また同時代人からは軽んじられた理由でもあろう。

「今のどこが面白かったかというと」は文章でも使えるが、個人的にもっと多用しているのは芸人の符丁でいう「天丼」すなわち「同じネタを二度以上繰り返す」ことだ。語源は本物の天丼にはエビ天が二尾以上乗っていることだそうだ。これも二度目以降は「ここは笑うところだ」という暗黙の指示にもなっているはず。

 

話変わって、インターネット前夜のパソコン通信の時代に、当時のネット有名人から「ユーモアとは畢竟 “私はバカだ” と言うこと、ウィットとは畢竟 “お前はバカだ” と言うこと」という言葉を聞いたことがある。ここで「バカ」というのは類型化による説明のための用語で、本当にバカにしているわけではありません。念のため。

この恐るべき要約になんとか反例は見つけられないかとずっと考え続けているのだが、あとはせいぜいダジャレのようなナンセンスなものを付け加えることくらいしかできないのではなかろうか? ダジャレも「こんなくだらないことを言う私はバカですよ」ということで、「自己卑下・自虐ネタ」の一バリエーションと見られるかも知れない。

「お前はバカだ」に関しては、弊ブログでは「無茶振り」「自分で言うのはいいけど他人が言うな」という荒技を、ごくたまに使うことがある。相手が必要であり、本当に怒られちゃう恐れもあるので、取扱注意ではある。

 

「笑いのパターン」で検索すると、ハフィントンポストのこの記事がトップでヒットした。

www.huffingtonpost.jp

「緊張と緩和」「推理の裏切り」の2つだけで本当に笑いのパターンが尽くされているのか、この2つはベクトルとして似た方角を向いてはいないのか、などの疑問は浮かぶ。たまにやるネタに「ウソ解説・ウソ蘊蓄」というのがあるが、「ウソでしたぴょ~ん」というオチは「緊張からの緩和」であり同時に「推理を裏切った」ということにはならないか? まあ分析というものは、人によって結論が違うのが当然かも知れない。

個人的に多用する「そっちか?」ネタは、「推理の裏切り」のバリエーションと言えそうだ。元記事の主題をきちんと理解していなくても使えるあたり、便利ではあるけれど我が事ながらズルくも感じる。

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サンプルがないとつらいな。漫才師だってコンビニ店員とかVチューバーとかを素材にシチュエーションを組み立てるではないか。Vチューバーの漫才ってあったっけ? まあいいや。

1週間ほど前に、自由ネコ(id:gattolibero)さんのこんな記事があった。言及失礼します。

gattolibero.hatenablog.com

そちらにこんなブックマークコメントを投入させてもらった。これの どこが面白かったかと言うと、「そっちか?」ネタであり「無茶振り」のつもりだった。

「はてなブックマーク」に載らない問題&「スマートニュース」に載らない問題 - 自由ネコ

いっぽう フミコフミオ さんの新着記事はいつも "「はてな」トップの「はてなブログ」に表示→「はてなブックマーク」の人気記事に表示" コースをたどってるような。贔屓だ!(ほぼ毎回ブコメつけてる自分は棚に上げる

2019/02/27 11:55

b.hatena.ne.jp

「ほぼ毎回」というのは大げさだったかな。

ところでこのブコメは「はてブ」の機能を使ってツイッターにも流したのだが、そうしたらそっちの方に フミコフミオ(id:Delete_All)さん本人からリプをいただいてしまった(緊張)。

 「いつも煽り気味のブコメばかりつけてすみません」とリプ返ししたところ、

 と返事をいただいた。ほっ (^_^;(緩和

しかし「少々控えめに」というところに、いぜん微妙な雰囲気が漂ってますな。

 

その後、フミコ さんが公開された次の記事には…

delete-all.hatenablog.com

性懲りもなく、次のようなブコメを投入させてもらった。

なぜ仕事を断ることに罪悪感を覚えるのか。 - Everything you've ever Dreamed

なぜだろう? ニーチェの『ツァラトゥストラ』を思い出したぞ…と書くと大半の人には何のことやらわからないので、話題をガラッと変えて "相手の顔が生理的に無理" あるある。あと息がくさい (^_^;

2019/03/04 20:08

b.hatena.ne.jp

今のどこが面白かったかというと…上掲リンクの フミコ さんの記事には、商談が進行するにつれ自社にメリットがないと判明した場合には、他社に斡旋してしまうという旨が記されている。それも フミコ さんが現在の会社に転職してから フミコ さんと対立して退職した、年上で先輩の社員3人が立ち上げた同業他社へ、とのことであった。そしてこの記事の結論として、「仕事を断るのに罪悪感を覚える必要はない」「罪の意識を感じるのであればギルト・フリーとなる仕組みを考えるべきである」と高らかに述べるのである。

お前らバカだから 知らんだろう。教えてやる( ̄^ ̄) この構造はニーチェが『ツァラトゥストラ』で述べた「超人哲学」の構造にそっくりなのだ。

 一例として『ツァラトゥストラ』中から、有名とされる物語を紹介する。

ある暑い日ツァラトゥストラが午睡をしていると、一匹のマムシが彼の頸を噛んだ。痛みで目を醒ましたツァラトゥストラがマムシを睨むと、マムシは恐れて逃げようとした。
ツァラトゥストラはマムシに「逃げるな」と命じた。「わたしはお前に感謝する。まだ長い旅を行かねばならぬわたしを起こしてくれたのだから」。
マムシは答えた「あなたの旅はもう短いのです。わたしの毒で死ななければならないのですから」。
「龍が蛇の毒で死んだことがあるか?」とツァラトゥストラは返した。「だがお前は自分の毒を取り返せ。お前はそれをわたしに贈るほど富んではいないのだから」。
マムシはツァラトゥストラの頸にまきつき、毒を吸い取った。
ツァラトゥストラがこの話を弟子たちにすると、弟子たちはいぶかってこう尋ねた。「この話には、どのような教訓が含まれているのですか?」
ツァラトゥストラはそれに答えて言った。
もし君たちの敵が君たちに悪をなしたのであるなら、それに善をもって報いるな。悪に善を報いて敵を恥じさせるのは徳を装った一種の復讐で、かえって卑劣だ。
相手を恥じさせるよりは、むしろ怒れ。敵が君たちに呪いのことばを発したとき、君たちが祝福のことばでそれに応えようとするのは、私は気に入らない。むしろ君たちも、呪いのことばを投げ返せ…
(手塚富雄訳『ツァラトゥストラ』(中公文庫)P106~107およびP544訳注より引用者要約)

全編が福音書のパロディと言われ、西洋の古典・故事をふんだん自在にちりばめたこの大部の著作が、私なんぞにおいそれと読みこなせるわけがない。私はバカだから。告白してしまうと、例によって 筒井康隆 経由で仕入れた知識である。『ベトナム観光公社』所収「火星のツァラトゥストラ」。格調高き超人が飲み屋でクダを巻く下品なおっさんに翻案された、愉快な作品です。

面白くなかったですねすみません(自虐)。 

 

ちなみに「神は死んだ」の言葉で知られるようにキリスト教を痛烈に批判したこの哲学者が、晩年に仏教哲学に惹かれるようになったのは理の当然というものである。ついには日蓮宗で得度して、日絵上人という法号を賜ったのは有名なところである。ウソ蘊蓄ですすみません。

 やればやるほどドツボに嵌まってゆく感ある…_| ̄|〇

 

さらにその日絵上人の子孫は日本に渡り、そのうち一人はウェブ絵師として人気を博すことになった。後の にーち さんである。もちろんウソですすみません(ダジャレ天丼)。 

er-ジトメカツモク! ?陰キャ女子の日常ウォッチング? (eロマンス新書)

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やるんじゃなかった…今回の記事は、すべてにおいて…_| ̄|〇

 

せめてものお口直しとして、最近読んだ他の方のブログから、「いい記事だなぁ」と思ったものを一つ紹介させてください。えこ(id:Alstroemeria)さん言及失礼します。

alstroemeria.hatenadiary.jp

えこ さんの7歳になるお嬢さんに、想いを寄せているとおぼしき同じクラスの空手少年くん。えこ さんはそれをほほえましく思いつつ見守りながら、旦那さまの方は早くも「花嫁の父」モードを起動したのかなにかと気を揉むご様子。そして周囲の思いに全く気づかないお嬢さんご自身と、四者四様の心象の違いがほほえましくもあり、失礼ながらおかしくもあり。

あたりまえのことですが、巧まざる素材自体の面白さには小手先のテクニックなど比べるべくもないということで、今回のオチとさせていただきます。

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