しいたげられたしいたけ

空気を読まない 他人に空気を読むことを求めない

「あいちトリエンナーレ2019」をありきたりの現代美術展として見に行った(その2:愛知芸文センター10Fつづき)

「その1」では3つのブースしか言及できなかった。こんなペースで書いていては、いつまで経っても終わらないな (´Д`;

繰返し書くけど、私は現代美術というものがわからない。ウォーホルの『スープ缶』だって、デュシャンの『泉』だって、モンドリアンの『コンポジション』だって、知識のない状態でいきなり目の前に提示されたら、その価値がまったく理解できなかっただろう。今でもよくわからない。私なりに意味を理解しようと、じたばたしているだけだ。

辛うじて見当つくのは、作家たちは作品を見る者の心を揺さぶろうと、あらゆる手段を講じているだろうということだ。「先入観を捨て虚心に作品だけと向かい合うべし」なんて甘っちょろいキレイゴトは、中学校の卒業と同時に校門の中に置いていくものの一つであろう。要するに何でもアリなのである。

また心を揺さぶられる方向は、快い方向ばかりとは限らない。不快な方向だって同数以上に多いのだ。これらの点は、文学など他の芸術作品と変わるところはない。

もちろん私が間違っている可能性は、大いにある。 

 

    *      *      *

 

さて10Fの続き。訪れたすべてのブースに触れる余裕はないので、印象に残った所だけ。

A08 "「Function Composition」「Semantic Segmentation」Translation Zone" 

52永田 康祐(A08) | あいちトリエンナーレ2019

 A09  "「2と3、もしくはそれ以外(わたしと彼女)」「Laundry」"

06石場 文子(A09) | あいちトリエンナーレ2019

いずれも画材が「インクジェット」となっていたところが目を引いた。前回の「その1」に、写真機を始めとするガジェットの進化が美術を危機に陥れたみたいなことを書いてしまったけど、作家たちの多くはそんなものをやすやすと乗り越えて、むしろ新しい表現手段として積極的に採り入れていったというのが実情に近いかも知れない。人類の「表現したい!」という情熱恐るべし。

ただし問題は、彼らの表現しようとしているものを私がきちんと受け止められているか、だよなぁ、いつものこととは言え。

 

A08 永田氏の作品のいくつかは、おそらくディスプレイかプリントアウトのようなデジタルと、現実の境界線をあいまいにすることによる面白み or 不安を狙ったものだと思う。比較的わかりやすい半面、月並みだなという意地悪な感想も頭をよぎる。スマホ画面を現実の風景に重ねるくらい、誰だってやるよね。

別のいくつかは、デジタル写真の被写体のどれかこれかを、原色の単色に加工し「○○%」のような数字をスーパーインポーズしたものだった。数字の意味が知りたくなる。説明が欲しくなる。

 

A09 石場氏の作品は、キッチンやバスルームなど日常の写真のうち、ペットボトルや調味料入れ、シャンプーのポンプ付き容器など被写体の一部がマジックで縁取りされているというもの。写真にマジックで描いたのかと思ったら、上掲URLの作品解説によると被写体のほうに線を引いたとの由。トリックアートの一種であろうが、そこまで労力をかけるリターンが果たしてあったろうかという疑問も浮かぶ。

 

なんかくさしてばっかりですね。すみません。

 

   *      *      *

 

A12 "モダンファート 創刊号 特集 没入感とアート あるいはプロジェクションマッピングへの異常な愛情"

08伊藤 ガビン(A12) | あいちトリエンナーレ2019

なんかイベントっぽいものにも参加してみようと思った。イベントというのとは違うか。ブースの四方の壁と床面の合計5面を使ったプロジェクションマッピング。上映時間は25分ほどだったかな? 入れ替え制で一度に20人ほどの観客が入室し、立ったままで鑑賞させられた。

最初に「気分が悪くなったら係員に申し出てください」というアナウンスと、それから「撮影禁止」をほのめかして実は「撮影おk」というようなふざけた告知があった。

四方の壁に、最初ドットが浮かんでめいめい移動し、次いでそこに座標が表示され、さらにドットが金魚に置き換わったりする。なぜか銭湯(温泉?)に場面が変わり、稚拙なタッチで描かれた全裸の入浴客が表示されたりする。結跏趺坐したブッダらしき人物も出てきたぞ! なんだ今のは? 壁4面と床面に、次々とイメージが投影されるので、とても全部は追っかけきれない。あとグリッド線が壁に投射され、それがどんどん下方に移動して床面に収縮していくように見せられると、体が浮かぶような錯覚を感じる。

タイトルに「創刊号」という語が入っているのは、オープニングが表紙と目次に、エンディングが奥付と裏表紙になぞらえられていて、雑誌をイメージした構成だったからだろう。観客としては屋内プロジェクションマッピングで遊ばせてもらったということで、いいんじゃないだろうか。 

 

   *      *      *

 

A17 「その後を、想像する」

37菅 俊一(A17) | あいちトリエンナーレ2019

個人的に好きだなと思った展示の一つである。

ある作品は、本に見立てた木の板の、片方に電池の絵が、片方に豆電球と電線が描かれている。板は蝶番で連結されていて本のように閉じることができ、閉じると電池がちょうど電線の途切れている部分に重なる。だが板を閉じると絵は見えなくなる。

別の作品は、板の片方にティーカップとスプーンが、もう片方にピンセットで挟まれた角砂糖が描かれている。本のように閉じると、角砂糖はティーカップの真上に移動する。だが板を閉じると絵は見えない。

なんか、いい。

前回のエントリーにちょっと書いた「アフォーダンス理論」の応用というやつではないかな? 私の解釈はいつも理屈っぽいですねすみません。

同じ会場で、壁面にこんな動画が投影されていた。

下方にヨウカンを思わせる直方体が、黒い直線だけで描かれている。

上方から斜めの直線が、じょじょに下りてくる。

直線が直方体に接触すると、ヨウカンを切るように直線が直方体の内部に侵入し…と思ったら映像がぱっと消える。

このようなアニメーションが、何種類も何種類も上映されるのだ。思わず時間を忘れて見入ってしまった。

 

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会場内は撮影OKだが会期中はSNSへの投稿はご遠慮下さいとのことで、今回は貼れる写真がない。

無理やりの気味があるが、10Fから屋外展示スペースに上る階段を撮った写真があるので、これなら貼っても怒られまい。アイキャッチ画像も欲しいことだし。

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何もやってなかった。要するに迷い込んだのだ。

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常設のオブジェ。

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弊ブログ勝手に恒例の文字起こし。

小田 襄
1936 東京 - 2004 東京
円柱の構造
1988(昭和63)年
ステンレス・スティール

 東京藝術大学彫刻科在学中から金属彫刻を手掛ける。新制作協会展や国内外の野外彫刻展で活躍し、1960年代末から特にステンレス・スティールを使って、純化された形体の構成を追求しつづけた。この作品では、幾何学的形体を組み合わせた構造そのものの美しさを見せるとともに、鏡面状に磨き上げられた表面に周りの風景が映り込むようにして、作品と環境との関連性への意識も示されている。

   *      *      *

 

その後、8Fに移動した。

10Fはスマホの電波状態が良好で、ツイッターに不自由なくアクセスできた。

それで keroyon(id:zaihamizunogotoshi)さんも会場に移動中と知り、どこかで落ち合いましょうと連絡をつけることができた。

ところが 8F ははなはだ電波状態が悪く、いざ合流する段になって少々苦労した。

少し遅れて 硝酸カリウム(b:id:KariumNitrate)さんも会場に来られることを知ったが、残念ながらリアルタイムで意思疎通することができなかった。

たびたびの ID コールお騒がせします。

あとで知ったことだが、愛知芸文センター内の愛知県美術館ではフリー Wi-Fi を提供しており、そちらに接続すれば通信速度にやや不満はあるものの用は足りたのだった。そういうことに気づくのは、だいたい後になってからだ。

これもあとで知ったことだが、瀬川深(b:id:segawashin)さんも会場にいらっしゃったのですね。ブコメ引用失礼します。

「表現の不自由展」を中止 [表現の不自由展・その後]:朝日新聞デジタル

まさに今日見てきたところだった。非常に力のこもった展示であっただけに、心底残念だ。まさしく「中止されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」なのだろう。感想は後でまとめて書く。

2019/08/03 20:12

b.hatena.ne.jp

誰か音頭を取って名古屋周辺に「はてなー」さんたちの集結を呼びかければ、それなりの人数が集まるような気がした。誰かって誰よ?

 

さてようやく8Fの話ができる。だが次回で「表現の不自由展・その後」までたどり着けるかどうか。このペースで今回のシリーズを完結させるためには、あと2回は必要っぽい気がする。これでもだいぶ端折って書いているつもりなのだが。

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