新着お目汚しを避けるため、日付をさかのぼって公開しています。目次、作成しました。過去記事にさかのぼって反映させてます。
目次
(15) 終景 真相(その1):本稿
弊ブログはアフィリエイト広告を利用しています
終景 真相(その1)
ミドルボスのオフィス。ミチヒロ、応接椅子に座っている。ミドルボスは難しい顔をしてタブレットをめくっている。
ミドルボス「早いことは評価できる。だが評価できるのは、それだけだ。なんだこの内容は? 小学生の感想文ではないか」
ミチヒロ「だってボク小学生だもん」
ミドルボス「その返しは聞き飽きた。この草稿は、たんに出来事を並べただけだ。ナゾジャ市に行って広報の話を聞いて、帰ってきたというだけではないか。我々が期待しているのは、ストーリーだ。コンテンツだ。エンターテイメントなのだ」
ミチヒロ「一番がっかりしているのはボクですよ。わざわざナゾジャ市まで行ったのに、大中中央小学校が一晩でなくなってしまった謎は、けっきょく解けないままでした。クラスメートや先生が、今、どこにいるのかもわかりません」
ミドルボス「これではカーミィ・サッマーに見せることはできん。せっかく猪飼くんを高く買ってくれていたのに、失望させることにしかならん」
ミチヒロ「いいですよ。じゃあ学校を元に戻してください」
ミドルボス「そんなことはできん」
ミチヒロ「なぜですか?」
ミドルボス「我々に、そんな力はない」
ミチヒロ「話が違うじゃないか」
ミドルボス「しつこいな。そんな約束をした覚えはない」
ミチヒロ「友達と会わせてよ! 先生と会わせてよ!」
ミドルボス「しつこいと言っているんだ」
ミチヒロ「学校を元にもどしてよーっ!!」
夜の寝室、パジャマ姿の成人男性が、寝床からむくりと上半身を起こす。
自分の絶叫で目が覚めたのだ。
「えっ…夢?」
隣で寝ていた、やはりパジャマ姿の成人女性が、ぱっちりと目を覚ます。
「き、君は誰だ?」
成人女性、成人男性を見つめ、しばし無言ののち問い返す。
「私は誰だ?」
「君は尾藤真琴。ボクの奥さんだ」
「あなたは誰だ?」
「ボクは猪飼道大。作家だ」
道大、布団の上に上半身を伏せる。そして上半身を立て直し…
「夢オチかぁっ? いや、儲けた! 長編一作ゲットだぜ」
真琴、けげんな表情を夫に向ける。
「前からヘンな奴だと思ってたけど」
道大、真琴に向かって
「聞いてくれる? 長い話になるけど」
真琴、にっこり笑う。
「聞いてやる」
場面が変わる。出版社『株式会社 秘密結社』編集部裵〔ペ〕次長(デスク)のオフィス。夢の中のミドルボスのオフィスと同一である。
パーティションで区切られた応接セットの、客側に道大と真琴が座っている。テーブルの上に、ラノベ風の装丁の本が乗っている。
本の表紙のクローズアップ。タイトルは『学校なくなっちゃった! 謎の都市ナゾジャ冒険の書』、著者名は『猪飼道大』。
裵デスク「書籍と電子書籍は、私の権限で即決で出版した。今回来てもらったのは、映画化の契約書にサインしてもらうためだ。打ち合わせの大半は、今は電子会議システムでできるが、こういうことは電子化できないのでね」
道大「そういう場に配偶者がついてくる作家って、珍しくないですか?」
真琴「私は猪飼道大のマネージャーにして第一読者です。猪飼は人がいいから、ほっとくと何でもホイホイとサインしかねませんので」
裵デスク「売れる原稿を書いてくれれば、他は何をしたって気にせんよ。それに作家はみんな変わり者だ。もっとヘンな作家は、いくらでもいる。ところで飲み物はコーヒーでいいかね? 冷たい物だったらストッカーから好きなものを選んでくれ。お菓子も入ってる」
テーブルの横に、ネコの顔をした自動配膳機が近づいてくる。
道大「コーヒーがいいです。すみません」
真琴「私もコーヒーで。今はこうなんですね?」
裵デスク「うちだけかも知れん。日本型伝統企業いわゆるJTCはお茶くみをさせているところがまだまだ多いだろうけど、うちは女流作家さんも多く来るのでね」
道大「(真琴に)あ、チョコバー取って」
道大の目の前にチョコバーが飛んでくる。
道大「投げるなーっ」
裵デスク「そもそもコーヒーを自分で淹れる喜びを、手放す奴の気が知れん」
裵デスク、道大と真琴の前に手ずからコーヒーを出す。
道大・真琴「ありがとうございます」
真琴「(テーブルの上の本を手に取り)『学校なくなっちゃった!』という物語の中に『学校なくなっちゃった!』という本が出てくるんですね」
道大「作者自身をモデルとした主人公が小学校を卒業したのは20年以上前だから、この物語の1日目は、もしボクたちが現代の小学校にいたら、という全くのフィクションなんだ。2日目と3日目は主人公の見た夢という設定だけど、もちろんそんな長い夢があるわけない。夢の中でもあんがい架空の記憶というものがあるから、それを補完したのが2日目と3日目の記述だと、読者が納得してくれることを期待するしかない」
真琴「納得してくれるかしら?」
道大「突っ込みどころは満載だと思うよ。それも含めて、読者が楽しんでもらえればいい。批判されるのは作家の仕事の一つみたいなもんだ」
裵デスク「夢オチというのが軽んぜられるのは、夢オチがアリならなんでもアリ、つまり安易だということだ。作者の猪飼くんの意図は、1日目に書いてあるような『帰還譚』すなわち帰れる物語と、帰れない物語のどちらでもない物語を目指したということだろう。そのあたりのユニークさを、スポンサーの神居自動車さんと神居EVさんが認めてくれたがゆえの、今回の映画化の話だと思っている」
道大「問題になりそうなのは3日目のレッド・ヘリング、燻製イワシなんですね」
真琴「なにそれ?」
道大「小説技法で、メイントリックから読者の目をそらすための目くらまし」
裵デスク「ナゾジャ市長をいじるのは面白いけど、選挙で当選している以上は多くの支持者がいるということで、反発を受ける可能性がある。また日本では政治的な話題は嫌われる傾向が強い。書籍であれば言論の自由ということで著者の立場を守る強い態度が取れるが、多くの人が関わる映画では、どうしても関係者の意向を尊重する必要が出てくる。スポンサーの意見もあるだろう」
道大「ボクとしては、ストーリー全体の構成が維持される限り、脚本化に際しての多少の改変は意に介しませんよ」
裵デスク「ナゾジャには地下街も動物園も水族館もドーム球場もある。主人公たちが訳わからん騒動に巻き込まれさえすればいいのだ」
道大「そういう言い方をされると、なんか腹立つけど」
裵デスク「今回の契約書の主眼は、そのあたりだ。映像化にあたっての原作改変が生んだ悲劇は記憶に新しい。あらかじめ映像化スタッフのフリーハンドを、大幅に認めてやってほしいということだ」
道大「ボクはサインしたいんだけど、いい?」
真琴「あなたがいいと言うんだったら、私がダメっていう筋合いなんてないよ」
道大「ありがとう。でもそうすると、ついて来た意味あんまりなくない?」
真琴「株式会社秘密結社に来てみたかったんだから、いいでしょ」
(この項つづく)
追記:
続きです。
弊ブログはアフィリエイト広告を利用しています