昨日付の拙エントリー他、「雪が積もったら近所の神社にお参りに行くのは神様との約束だ」みたいなことを何度か書いたが、もとより本気で言っているわけではない。現住所にしろ実家にしろ滅多に雪が積もらない地域なので、ブログネタになるかなと思ってやっているに過ぎない。
また神社にお参りに行くのは、自分の願掛けのためということはあまりない。あくまでご挨拶、もう少し大袈裟に言うなら、日々平穏な生活を送れていることへの感謝というつもりである。
だが社会に目を向けると平穏とは程遠いニュースばかりが連日報じられる今日この頃、平穏であれかしと祈るいくばくかの必要性を感じないでもない。
一昨日付け拙エントリー のブログタイトルに具体的な地名を挙げたことは、我ながら「はしたない」という気がしなくもなかった。もちろん大阪・関西万博に対しては、はっきり言ってネガティブな感情を抱いていることは確かだ。カジノやギャンブルが日本社会を深く蝕んでいるという認識があることや、能登の災害復興にマイナスの影響を及ぼしていないかという危惧があることなどが理由である。しかし「よその自治体のことをとやかく言うより、自分にゆかりのある自治体の行政にまず声を届けることを試みるべき」という我が脳内突っ込み係の批判に、上手い反論の言葉を見つけられないでもいる。
そもそも因果関係というものは、ナラティブのようにわかりやすいことは滅多にない。はいナラティブという言葉を使いたかっただけです。水道老朽化率に関して言えば、40%の地域から真っ先に事故を起こすわけではなく、もっと低い地域で起きたって不思議に思うべきではなかろう。そのあたりから「神頼み」という考えが発生することは、ごく自然なようにも思える。
なにを長々と前置きしたかというと、今季何度目かの寒波到来に際しては、実家にいたので実家最寄りの「水除神社」というところにお参りに行ったことに牽強付会したかったのである。
わが実家はかつての輪中地帯にあり、水除神社は輪中堤防跡に立地するため明らかに水害除けの神様であることを伺わせるが、現代日本的な意味では上下水道の老朽化に起因する大小事故が身近に起きませんようにという願掛けも受けつけてもらえないだろうか?
一昨日付け拙記事に書いたような水道管の破裂であるなら、これは誰にとっても起こりうることだから自力対応する覚悟は固めているが、陥没した道路に飲み込まれるような字義通りの「奇禍」に対しては、神頼み以外に何ができるっちゅうねん! (「水道民営化反対」くらいは言っておくべきか。営利を目的とする私企業が、老朽化対策のようなカネにならなさそうなことをマメにやってくれるとは思えない
いつも撮っている、水除神社に隣接する地蔵堂。トタン屋根に薄っすら雪が積もっているが、その向こうの社務所の瓦屋根には雪が見られなかった。

お地蔵さん。謹んで合掌礼拝しました。

水除神社鳥居。雪、全然ないやん。

本社。謹んでお参りしました。写真からはわかりにくいけど背後にわずかに見える工場の運動場に、白いものが残っているのが見えた。

摂社末社。本社の石垣との隙間から見える運動場、白くないですか?

これまで正面から何度か撮った芭蕉句碑と説明書きを、横から。境内では、雑草の上にわずかに残る雪が見える程度だった。それを撮りたかった。

雪がぜんぜん撮れなかったのが悔しいので、道すがらの空き地の雑草の上および背景の民家の屋根の上に、うっすら残った雪を撮った。

今年は 1月10日付拙過去記事 に、がっつり積もった雪を撮った写真を貼ったが、例年だったらこんな写真でも残す価値があると思って残していたはず。
今季はこの記事を含めてすでに4度、積雪をブログネタにしている。例年は1、2度なのに。ゆえに、それはそれで特筆に値するように思われる。
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