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「グレリングのパラドックス」は疑似パラドックスにすぎないのではないかという試論

「はてなブログ」の関連記事に表示された自ブログ過去エントリーを読み返していたら、なぜか唐突に思いついたのでエントリーにまとめてしまう。

watto.hatenablog.com

 

「グレリングのパラドックス」というのがある。ざっと説明すると、次のようなものだ。

ほとんどの言葉は、その言葉が指し示す対象と、その言葉自身は異なっている。

だが例外的に、その言葉が指し示す対象にその言葉自身が含まれるものがある。

例えば「日本語」「名詞」「短い」などである。

日本語…「日本語」自身は日本語だよね

名詞…「名詞」とはなんぞやと一応検索して確認した

短い…これは、あとでちょっと検討しようと思っている

こうした性質をもつ言葉を「オートロジカル」と呼ぶ。

 

大部分の言葉は、オートロジカルでない。例えば…少数の例を示すとかえって不自然なくらいだが「人間」「英語」「赤い」などである。

人間…「人間」という文字であって、人間そのものではない

英語…「英語」は英語でEnglishである

赤い…もしわざと 赤い と表記したら、オートロジカルになるかな?

こうした言葉を「ヘテロロジカル」と呼ぶ。繰り返すが圧倒的多数の言葉は「ヘテロロジカル」である。

 

ここで「ヘテロロジカル」という言葉はオートロジカルかヘテロロジカルかを考えてみよう。

1. もし「ヘテロロジカル」がヘテロロジカルだとしたら、「ヘテロロジカル」という言葉が指し示す対象に「ヘテロロジカル」自身が含まれるので、オートロジカルの定義により「ヘテロロジカル」はオートロジカルである。

あれ、おかしくない?

2.もし1.が正しいとしたら、すなわち「ヘテロロジカル」がオートロジカルであれば、その言葉が指し示す対象にその言葉自身が含まれるのだから、「ヘテロロジカル」は自分自身もヘテロロジカルでなければならない。

あれ、1.に戻っちゃった??

 

ウィキペディア英語版には Grelling–Nelson paradox - Wikipedia (グレリング=ネルソンのパラドックス)という項目があるが、私はこのパラドックスを中村秀吉『パラドックス』(中公新書) p13~ならびに野崎昭弘『逆説論理学』(中公新書) p169~で知り、いずれも「グレリングのパラドックス」と表記されていたので拙稿は両書に従った。

 

さて、最初に掲げた拙過去記事 "「半導体」には対義語が2つ(「導体」「絶縁体」)ある!?" にて愚考を巡らせたご利益は「ある言葉とその言葉の対義語は、世界のあらゆるものを網羅しない」という結論を得たことだった。

以下に開陳する愚考の結論を先に短くまとめて言えば、オートロジカルでもヘテロロジカルでもない語が存在し、「オートロジカル」という語も「ヘテロロジカル」という語も、その中に含まれるということである。

 

まず「オートロジカル」という語自身がオートロジカルであるか否かを検証しよう。

ある語がオートロジカルであるか否かを確認するには、語の定義に立ち返って検証する必要がある。

「日本語」は、日本語だろうか? これは比較的検証が容易な部類であるように思われる。「日本語」の定義を厳密に述べるのは大変そうだが、私自身と、この項を読んでくださっている(ありがとうございます!)ほとんどの方の母語と考えれば、よかろう。「日本語」は日本語だ。オートロジカルで異論あるまい。

「名詞」はどうだろう? ネットで検索すると品詞の一つで、ものの名前を示し、活用がなく、独立語となりうる、といった定義が出てくる。独立語というのは単独で文節を構成する単語のことだそうだ。「名詞」の定義、知ってました? いまどきは検索すりゃいいから、それでも楽なほうなのか。

意外と厄介なのが「短い」。たった2文字から成る単語だから短いと断定してよさそうな気がするが、数学の世界では「大きい数」「小さい数」というのはご法度だということが知られている。数の大小は、あくまで相対的なものだからだ。

単語に関して言えば、最小の1文字から成るものも大量に存在する。例えば『広辞苑』の見出し語から文字数の統計をとって平均を計算すれば、2よりは大きくなりそうだが正確なところはやってみなければわからない。

くだらない小理屈を捏ねているように見えるかもしれないが、その単語の指し示す内容を検証するのに手間のかかる単語は、いくらでも考えられると言いたかった次第。

 

さて「オートロジカル」。「オートロジカル」がオートロジカルであるか否かを検証するためには、「オートロジカル」という語が指し示すものとオートロジカルが一致していることを示さねばならない。

「オートロジカル」の定義は「その言葉が指し示す対象にその言葉自身が含まれる」だから、まず最初のステップとして「オートロジカルが指し示す対象」を持ってこなければならない。

どこにあるんだそんなものが?

オートロジカルの定義を完遂しないと、決定しないではないか!

あたかも合わせ鏡のようなもので、合わせ鏡に写る最初の物体が存在しなければ、合わせ鏡に何が写っているか誰も知ることはできないのだ。

すなわち「オートロジカル」がオートロジカルであるか否かは、それを検証する最初のステップがないのだ。

 

「オートロジカル」以外の語に関しては、このような事態は発生しない。「日本語」「名詞」「短い」「人間」「英語」「赤い」…対象となりうる事物は、大量に頭に浮かぶ。

あたかも鏡の前に鏡以外のものを置いたようなもので、鏡にはあたりまえに鏡の前のものが写るのだ。

オートロジカルか否かの検証は、完遂が可能である。1stステップでつまずくことはない。

 

ちなみにソシュール言語学用語では、鏡はシニフィアンであり鏡の前の物はシニフィエである。言いたかっただけですごめんなさいごめんなさい。

 

そうすると「ヘテロロジカル」がヘテロロジカルであるか否かも、検証のしようがない。ヘテロロジカルはオートロジカルの対義語として定義されているからである。

もっと言うと、オートロジカルの検証をなおざりに、いきなり「もしヘテロロジカルがヘテロロジカルだったら」という仮定から議論を始めたことが不適切だったと断じていいのではなかろうか? パラドックスに見せかけるタネだったのではなかろうか?

 

他の例も考えよう。世の中には「意味のない言葉」「定義のない言葉」が存在する。わざと作った「正体不明の言葉」だってある。

ぱっと思いついただけでも

「くしゃがら」…荒木飛呂彦『岸辺露伴シリーズ』より

「ズンドコベロンチョ」…TVドラマ『世にも奇妙な物語』より

「マグロマル」…筒井康隆の同名の短編小説より

などなど。

あと星新一の「ミドンさん」というのも思い出したが、あれは人名らしいということが示されているからオートロジカルにはならないか。

 

これらの言葉は、オートロジカルなのか? ヘテロロジカルなのか?

なんとなくヘテロロジカルなような気もするが、そもそも「実体不明」を目的に造語されたものであるから、オートロジカルかヘテロロジカルかを検証する第一ステップがありえないのだ。

 

「検証に無限の手間がかかる語」というのも考えようとしたのだが、いいものを思いつかなかった。

数学の世界では「背理法がほんとうに正しいのかどうか」を議論する際に、「円周率を十進表記したとき小数点以下に9が連続して現れる最大の回数はいくつか」という試問が提示されたことがあるそうだ。

連続して現れる回数は有限だから(もし無限なら無理数でなくなってしまう)答えは必ず存在するのだが、検証するには無限の手間がかかる、すなわち真か偽か判定不能な問いの一例だそうだ。

出典は、とっさには探せなかった。あとで出てきたら追記します。

そんなような語が作れないかな? 作れそうな気がするのだが。

追記:

「円周率に9は最大何回連続して現れるか?」という問題の提唱者はオランダの数学者L.E.J.ブロウウェルとのことで、私は吉永良正『ゲーデル・不完全性定理: 理性の限界の発見』(講談社ブルーバックス) で知りました。当該部は同書P162~165と長いので、引用は貼りません。

追記おわり

 

ここで私なりの結論を繰り返す。

オートロジカルとヘテロロジカルは、森羅万象を二分しない。宇宙には、オートロジカルでもヘテロロジカルでもないものが存在する。

そして「オートロジカル」という語自身は、そしてその対義語である「ヘテロロジカル」という語自身もまた、「オートロジカルでもヘテロロジカルでもないもの」、「オートロジカルかヘテロロジカルか検証不能なもの」のカテゴリーに分類するのが適切だろう。

「くしゃがら」「ズンドコベロンチョ」「マグロマル」などなどと同様に。

 

追記2:

続編みたいなものを書きました。

watto.hatenablog.com

追記3:

「円周率の小数点以下に9は最大連続何回現れるか」という問題に関して、ネギ  (id:ad2217) さんから「有限だが最大値は存在しないことがありうる」というご指摘を頂きましたので、リンクを貼らせていただきます。ありがとうございました。通知お騒がせします。

ad2217.hatenablog.com