暫定目次 各「その1」のみ クリックで詳細表示
(13) 第3景【鎌倉編】馬借・欠七(1/2)
(15) 第4景【現代編】個室病棟にて(1/2)
(17) 第5景【鎌倉編】ボクの無双(1/2)
(19) 第6景【鎌倉編】被差別集落(1/4)
(23) 第7景【鎌倉編】霊感商法(その1)
新着お目汚しを避けるため、日付をさかのぼって公開しています。ショッキングな場面がしばしば出てきますので、閲覧注意です。前回はこちら。
(主人公「ボク」による語り)
ボク「欠七さん、盗んだものを返してください!」
蛮勇を奮って、欠七さんに食ってかかった。
欠七「何のことだ?」
周りは知らない屈強の男だらけだ。とうぜん彼らは欠七さんの味方をするだろう。また彼らのうちどの一人だって、いや欠七さんとマンツーマンだって、腕力はボクを上回るに違いない。
だが、見知らぬ場所での不安を何倍増しにもされた憤りの記憶が、こざかしい計算をふっ飛ばしたのだった。
ところが欠七さん以外の男たちは、あっけに取られた表情で行動をおこさずボクたちのやりとりを見守っていた。状況が把握できなかったのだろう。
ボク「高田の郡衙で、ボクの旅の荷物を盗んだじゃありませんか」
欠七「証拠はあるのか?」
ボク「秘書インコ!」
ボクは秘書インコを呼んだ。
ボク「秘書インコ、録画を再生してくれ」
秘書インコ「はい」
ディスプレイのない秘書インコは、例によってホログラムのように3次元画像を虚空に投影した。
小さな欠七さんが、笈を開け中のものを出している姿だ。ぐうぜん映像が録画されていたのだ。
男たちは沈黙していた。びっくりして声が出なかったのだろう。
以前に秘書インコを見たことのある捨六さんだけが、声を上げた。
捨六「あの不思議な小鳥だ!」
欠七さんは言った「わかった…弁償するよ」
そこまで黙って聞いていた老人が、口を開いた。
老人「若いお方」
ボク「はい」
老人「泥棒はいけない。いけないことです。ですが、少しだけ話を聞いてくれませんか」
ボク「話…とは?」
老人「よかったら、ついて来てください。あまり遠くではありません」
ボクは黙って、言われるままに老人と男たちの一行に従った。
老人「申し遅れたが、私は金〔きん〕と言います。このあたりの集落の、とりまとめのようなことをやっています。とりまとめと言っても、ただ単に年を取っているから担がれているだけです」
謙遜の言葉とは裏腹に、周りの大男たちが明らかに金老人を敬っている態度が見て取れた。
ボク「ボクは藤井善信、流人です。元は善信という僧だったようですが、その時の記憶はなぜか失くしてしまってありません」
大きな神社らしき敷地の裏手、平地と里山の境い目あたりに、家というより立てかけた柱に藁束を重ねただけのような小屋が並んでいた。
先頭にいた金老人が叫んだ「ただいま、帰ったよ」
「おかえりなさい」の唱和とともに、てんでに小屋から出てきた住人たちが集まってきた。
恐ろしい光景だった。
手のない人、足のない人、目をえぐり取られた人、顔面や全身が焼けただれた人…
それらの障害を、何重にも負った人さえ、何人かいた。
外見上の障害がない人たちもいた。だが彼らもまた、おそらく体か心に重い病を抱えているのではないかと即座に想像した。
手塚治虫の古いマンガ『どろろ』の、最初の方の場面を思い出した。百鬼丸という登場人物の回想シーンである。剣の達人である琵琶法師に弟子入りを願い出たところ "俺の剣は我流のデタラメさ" と断られ、代わりに法師が戦災孤児たちをかくまっている集落に案内された。そこには、やはりこのように手や、足や、目を失った孤児たちが大勢いたのだった。
ここの住人たちは、老若男女バラバラだった。だが戦争の巻き添えを食った人たちであることは、容易に想像ついた。
ボク「いくさ…ですね」
金老人「それ以前からも、さまざまな理由で働けなくなった人たちや、村人から差別を受けた人たちが、自然とここに集まっていました」
ボク「…」
金老人「私は、今しがた見てもらったように、身分のある人のなきがらを川に流したり、ケガレがあると言って人のやりたがらない仕事をしています。一般庶民のなきがらは山の中に打ち捨ててケモノが食うに任せますが、高貴な人は、それを嫌がるので、けっこうな稼ぎになります」
ボク「…」
金老人「欠七や捨六ら牛馬の操れる者たちは、この下流に直江津という大きな港があります。越後の国府も、そこにあります。国中の物資が集まるので、仕事はいくらでもあります。そして働きに出れば、やはり稼ぎになります」
ボク「…」
金老人「そうやって働ける者たちが働いて得た稼ぎで、皆が食っていますが、それでもどうしても不足が出がちなのです。だから欠七や他の者が持って帰るものを、みんなで分け合っているのです」
共同体、コミューンという言葉が頭に浮かんだ。
ボクは少し黙ったあとで、言った「わかりました。ボクは今は困っていません。忘れます。忘れました」
やはり少し間を置いて、欠七さんが言った「すまなかった」
短くても謝罪の言葉は大切だ。これでボクの中にあったわだかまりは、ウソのように消えた。
また欠七さんのイメージが、180°変わった。
ボク「いいえ、もう気にしないでください」
やりとりを聞いていた住人の一人が言った…いや、同行した男たちと同様、ボクたちが何の話をしていたのかは、わからなかっただろうけど。
住人「お坊さま、もしかして、さいきん紫雲寺にいらしたお坊さまですか?」
ボク「はい、そうですが」
前回書いた通り、坊主だと言われても構わないことにしている。
住人「都から来られたお坊さまが、毎晩ありがたいお話を聞かせていただけると、たいへんな評判になっています」
ボク「…」
あれは "ありがたい話" なのだろうか? "面白い話" をしようと思っているけど "ありがたい話" をしようと思ったことなんてなかったのに。けだし宗教とか信仰とかいうものの原初的な姿は、そんなものかも知れない。
違うかも知れない。ひょっとしたらボクは、罰当たりなことを考えているだけかも知れない。
住人「私どもも、お坊さまのお話を聞きとうございます」
ボク「構わないですよ、と言いたいところですが、今のボクはただの流人にすぎません。ボクの監督者は、紫雲寺の西明住職です。住職に相談してから、返事をさせてください」
(この項続く)
追記:
続きです。
