目次 各「その1」のみ クリックで詳細表示
(13) 第3景【鎌倉編】馬借・欠七(1/2)
(15) 第4景【現代編】個室病棟にて(1/2)
(17) 第5景【鎌倉編】ボクの無双(1/2)
(19) 第6景【鎌倉編】被差別集落(1/4)
(23) 第7景【鎌倉編】霊感商法(1/5)
(28) 第8景【現代編】ボクシング
(29) 第9景【鎌倉編】地頭・稲田(1/2)
(31) 第10景【現代編】哲学者
(32) 第11景【鎌倉編】心霊教ふたたび
(33) 第12景【現代編】裵〔ペ〕デスク
(34) 第13景【鎌倉編】刺客
(35) 第14景【現代編】守衛
(36) 第15景【鎌倉編】大団円(1/4)
(40) 第16景 鎌倉編の後始末
(41) 終景 現代編の後始末(1/3)
新着お目汚しを避けるため、日付をさかのぼって公開しています。体裁にこだわらず頭の中にあるものをダンブしている、という意味です。 あとからどんどん手を入れる予定です。前回はこちら。
(主人公「ボク」による語り)
世界統一家族心霊教の本部は、真新しく堂々たる建物だった。高田の郡衙 (郡の役所) を思わせるところがあった。
ボクたちは、その縁側の前庭で、しばらく待たされた。お白洲かよ?
マメ「なかなか出てきませんね」
ボク「待たせる人がいるんですよ。自分を偉く見せたいのか何のつもりなのか知りませんが。印象は悪いですけどね」
イネさんは、緊張した表情で黙りこくっていた。
ボクたちは、それからさらに待たされた。鶴御前という御仁は、なかなか出てこなかった。
自分だけだったら、さっさと帰るところだったが、イネさんとマメさんがいる以上、そういうわけにはいかなかった。
ボクたちは、それからさらに待たされた。
ようやく鶴御前が出てきた。印象、最悪の最悪。
鶴御前は、60代か70代の女性だったが、胸高に帯を結んだ長袴に打掛を何枚も羽織った装束で、高く結んだ髪は金色の髪飾りで飾りたてていた。絵本の乙姫様か?
そして、数人の女の人を従えていた。そのうちの1人に、カメさんの姿があった。
鶴御前は、マメさんとボクには目もくれず、イネさんに言った「奥で手続きをします。急ぎなさい」
ボク「さんざん待たせておいて、急ぎなさいはないでしょう!」
思わず声が出た。
鶴御前が、ボクのほうをギロリと睨んだ。
カメさんが鶴御前に、耳打ちするように伝えた「俗名を名乗りましたが、紫雲寺の坊主のようです」
鶴御前が、吐き捨てるように言った「左袒〔さたん〕か」
カメ「妙な術を使うそうです。お気をつけください」
術って何だ? ボクの主人公特権らしい主人公特権といえば、秘書インコくらいしかないぞ。
だが自分から手の内を明かす奴はいない。黙っていた方が自分を大きく見せられる。あたりまえだが、そのことは黙っていようと思った。
ところで自分で "主人公特権" という言葉を使う主人公って、珍しいでしょ。
マメさんが口を開いた「母を脅すのをやめてください」
カメさんが、また耳打ちをした「イネの娘です」
呼び捨てか!?
鶴御前「そなたの父親の霊は苦しんでいる。私にはそれが見える。それを救ってやろうというのが、なぜいけないのだ?」
ボクは口を挟んだ「ウソです。死んだ者のことは誰にもわかりません」
鶴御前「なんという失礼な! ウソではない。私たちにはよく見えるのだ」
失礼なのは、あなただろ。
鶴御前は、うしろのお供の女性たちに言った「お前たちにも見えるだろう?」
女性たちは、口々に賛同した「見えます、見えます」「苦しんでいるのが見えます」
ボク「ウソをつけ! じゃあ、どんなふうに苦しんでいるのか説明してみろ」
論争における "お前が説明しろ"、"俺さまを説得してみせろ" メソッドだ。
レスバトルは不毛なので嫌いだが、そんなことを言ってる場合ではない。
鶴御前「ほう、私にその恐ろしい様子を説明せよというのか。いいだろう、よく聞くがいい!
救われぬ者たちの霊は、いつもお互いに害を加えようとする敵対的な意思をもっている。もしも霊どうしが出会ったら、狩人が鹿を見つけたように、 互いに鉄の爪を立てて、つかみあって傷つけ合う。さらには血も肉もなくなるほどに争い、ついには、ただ骨を残すだけとなる。
あるいは地獄の獄卒である鬼は、手に鉄の杖や鉄棒をもって、頭の上から足先までめった打ちにして、体じゅうが破れ砕けて、まるで土の塊のようになるまでつぶしてしまう。あるいは鋭利な刀で、ちょうど料理人が魚を切り裂くように、ずたずたに肉を切り裂いてしまう。
ところが涼しい風が吹くと、霊たちは再び生き返ってもとの姿になって、たちまちに同じ苦しみを繰り返すのだ」
しめた、守備範囲だ!
ボク「それは源信という比叡山の高僧が書いた『往生要集』という本の中に描かれた "等活地獄" という地獄の描写じゃないですか」
鶴御前が、ぎくりとした表情を見せた。
ボク「どこで聞きかじったんでしょうね。あなたたちが "外国の宗教だ" と言って忌み嫌う仏教の書物ですよ。そして、こう続くんじゃないですか? 人間世界の五十年は、この地獄では、わずか一昼夜にすぎない。そして、この地獄での寿命は五百年もある、と」
『往生要集』はダンテ『神曲』と並んで、地獄の描写が詳しい。フィクションを志したことのある者なら、書籍と言わないまでもネット記事だけでも目を通したことがある者は少なくないじゃないだろうか。
だが、してやったり、と思ったのも束の間、イネさんが思わぬ反応を示した。
イネ「もうやめてください! 証文に手形を押します。押しますから、もうやめてください!」
しまった、逆効果だった! 心が弱っているイネさんを、よけいに怖がらせてしまった。
イネ「これが最後ですね、ほんとうに最後ですよね?」
鶴御前「ああ、最後だ。今度こそ、あなたの夫の魂は救われる」
ボク「それもウソだ! どうせ口実をつけて、またおカネを取ろうとするに決まっています。この人たちの目的は、おカネだけなんです!」
イネさんは、ボクに向かって言った「お願いします。どうか証文に手形を押させてください。どうか証文に手形を押させてください」
(この項つづく)
※ リアル作者注
等活地獄の記述は、石上善應『往生要集: 地獄のすがた・念仏の系譜』(NHKライブラリー) P30~31を参照しました。
追記:
続きです。

