目次 各「その1」のみ クリックで詳細表示
(13) 第3景【鎌倉編】馬借・欠七(1/2)
(15) 第4景【現代編】個室病棟にて(1/2)
(17) 第5景【鎌倉編】ボクの無双(1/2)
(19) 第6景【鎌倉編】被差別集落(1/4)
(23) 第7景【鎌倉編】霊感商法(1/5)
(28) 第8景【現代編】ボクシング
(29) 第9景【鎌倉編】地頭・稲田(1/2)
(31) 第10景【現代編】哲学者(本稿)
(32) 第11景【鎌倉編】心霊教ふたたび
(33) 第12景【現代編】裵〔ペ〕デスク
(34) 第13景【鎌倉編】刺客
(35) 第14景【現代編】守衛
(36) 第15景【鎌倉編】大団円(1/4)
(40) 第16景 鎌倉編の後始末
(41) 終景 現代編の後始末(1/3)
新着お目汚しを避けるため、日付をさかのぼって公開しています。体裁にこだわらず頭の中にあるものをダンブしている、という意味です。 あとからどんどん手を入れる予定です。前回はこちら。
現代日本の個室病棟。「第8景」の続きで、ベッドの猪飼の傍らにいる妻の真琴と裵〔ペ〕の会話である。
裵「つまりそれは、猪飼くんが真琴さんを必要としている、ということじゃないかな」
真琴「自分で言うのもなんですが、実は私もそう思っていたんです。ところが子どもたちが大きくなったら、オタクにはありがちだそうですけど、早々に "オタクの英才教育" を始めて…」
裵「あるある…」
真琴「サブスクいくつ加入するんだ、というくらい加入して、自分が昔、好きだった番組を観せまくるんですよ。アニメとか特撮とか」
裵「サブスクなら、仮に10本加入してもたいした額にはならないだろうけど」
真琴「お金より、子どもへの影響が心配なんです」
裵「失礼、そりゃそうだった」
真琴「それで、旦那の思う壺にはまってサブスクに夢中になった子どもたちを相手に、あることないこと得々と説明するようになったのはいいんですけど」
裵「…」
真琴「聡己が…上の子なんですけど、長男ですけど、哲学的なことを考えるようになっちゃって…宇宙に果てはあるのか、宇宙に果てがあったとしたら、その向こうはどうなっているのかとか…それから時間の始まりと終わりは、とか…」
裵「子どもは小さな哲学者だと言われる。そういうことを考える子は、少数派かも知れないけど決して数は少なくないよ」
真琴「問題は、やっぱり旦那なんです。小学生相手にカントの "物自体" とか、ホーキングの "虚時間" とか、仏典の "如来蔵" とかの説明を始めるんですよ、小学生相手に!」
裵「うーん、子どもの悩みにまともにとり合うのも、いいことなんじゃないかな」
真琴「"宇宙の果ての向こうには、また宇宙があってその果てがあって…" とか "時間の始まりの前には、また時間があってその始まりがあって" という考えのことを "無限後退" と言って、人間の思考が陥りやすい落とし穴だ、って」
裵「…」
真琴「それらの物理的実体を研究することはもちろん意義があるけど、並行して、観測する主体である人間の認識方法の特徴も研究対象とする必要があるというのが、カントやホーキングや古代仏典に共通する考え方だというんです」
裵「真琴さんも、わかってるじゃないか」
真琴「私はいいんですけど、父親とそんな議論を飽きずに繰り返す小学生に、ヘンな影響が出ないかが心配です」
裵「お母さんから見て、何か影響はあると思うの?」
真琴「学校の成績が抜群です」
裵「…」
真琴「幸いパパとママのいいところを引き継いでくれたのに加えて、優秀な家庭教師がずっとついているようなもので…おまけにたぶん旦那にも小ずるいところがあって "遠回りなようだけど、今の学校の勉強をバカにしないできちんとやることが、いつかきっと聡己の悩みの解決につながるよ" って、いつもつけ加えるんです。地がいいのに加えてコツコツ努力するんですから、無敵ですよね」
裵「はいはい…」
裵「ところでお嬢さんのほうは?」
真琴「結衣ですか…お兄ちゃんと違って、そういう方向のことには、あまり関心はないようです。"またお父さんとお兄ちゃんが難しい話してる" って」
裵「道大くん、結衣ちゃんが可愛いだろうね」
真琴「そりゃもちろん、父親が女の子を可愛いと思うのは当然でしょうけど、道大の場合、二人の子どもを意識して平等に扱おうとしてるみたいなんですよね」
裵「それも偉いじゃないか」
真琴「それで道大がお兄ちゃんの相手をしていると、結衣もかまってほしくなって、ペタっと甘えに行くんです。そうするともう、見てられないくらいメロメロになっちゃって…」
裵「…ま、それができるのは今のうちだけと言われるが」
真琴「娘に関して心配なのは、旦那ったら、スキあればいい子に育てようとするんです」
裵「"いい子" とは?」
真琴「子どもは言葉にして褒めなきゃいけないと "結衣は可愛い"、"結衣は綺麗だ" って言ってくれるのはいいんですけど、言ったそばから反省してだか "でも可愛く生まれたのはたまたまで、結衣が努力した結果じゃないんだよ" って」
裵「…」
真琴「"人として大切なことは、思いやりの心を持つことだ。思いやりの心を持とうと努力していると、相手が思いやりの心を持っているか自然にわかるようになる" って。"思いやりの心を持つ伴侶を選び、思いやりの心を持つ人たちに囲まれて生きることが、きっと結衣の人生を幸せなものにしてくれるから" って」
裵「いいお父さんじゃないか」
真琴「よくないですよ! 見ず知らずのジジイやオヤジや、学校のモテない男どもが勘違いして、娘にまとわりつくようになったらと想像すると怖くて⋯だから私は "可愛い女の子は、ちょっとキツいくらいがちょうどいいよ、性格が悪いくらいがちょうどいいよ" って言ってるんですけど」
裵「それも一つの考え方ではあるが、失礼ながら混乱するんじゃないかと…私も息子さんよりお嬢さんのほうが心配になってきた」
真琴「そういうことでしたら、小学生にして早くもツンデレ娘に仕上がる様相を見せてきました」
裵「道大くんだったら "やっぱり娘が心配だーっ!" と取り乱す場面だな」
真琴、クスっと笑って、ベッドの道大のほうを見ながら「だから聡己と結衣には、道大が必要なんです」
一呼吸おいて「私には道大が必要なんです」
(この項つづく)
※リアル作者注:
"物自体"、"虚時間"、"如来蔵" に関しては、はなはだ不十分ながら以下の拙過去記事を書きました。
追記:
続きです。



