弊ブログでは、よく近所のありふれた神社への参拝をネタにするが、けっして有名な大社寺への参拝を避けているわけではない。私の中では、ありふれた神社も名だたる大社寺も、崇敬すべき対象としてはなんら差がない。ご利益がないという意味で差がないと言い換えることもできる (ぉぃ
昨日付記事に書いた通り、所用で養老鉄道多度駅を利用し、かつ1時間半ほどの時間的な余裕ができたので、久しぶりに多度大社にお参りに行こうと思いついた。
多度駅から多度大社までは、徒歩で片道3~40分だっけ、けっこう距離がある。スマホで写真を撮りながら歩いたら、ほぼちょうどいい時間になった。
なんで多度大社かというと、この神社は養老山脈が濃尾平野に突き出した南端あたりにある。山脈山地と平野の境界線には、社寺など聖地が並ぶものである。いまどき聖地というと「ドラマの聖地」「アニメの聖地」というコノテーションが強くなったが、あくまで元の意味での聖地である。コノテーション言いたかっただけですごめんなさい。
なにせ多度川沿いの参道 (?) を歩いていると、こんな石の道標が石垣の上から斜めに突き出して、ぎょっとしたくらいだから。

大きい文字は「かん音地」かな? 小さ目の文字は読めなかった。
この敷地は、あとでマップで確認したところ「宮川地蔵堂」というところのものらしかった。

由緒書きがあった。いつもなら文字起こししているところだが、昨日書いた通り風邪気味でやる気が起きないのと、あと今回は由緒書きをぜんぶ文字起こししたら文章量が膨大になりそうだったので、やめておく。

エッセンスのみ取り出すと、片足を組んだ半跏像であることが、お地蔵さんとしては珍しいんだそうだ。
これも何かのご縁と、お参りしつつお堂の中を覗いた。残念ながら、よく見えなかった。
もう少し歩を進めたところにあった「信州大谷派 多度山 法雲寺」という寺院。

おそらく檀家によって支えられているお寺で、観光地ではあるまい。
ただ強く興味を惹かれたのは、背景の山がちょうど養老山脈の終点のように思われたことだった。山脈をナイフに譬えると、切っ先みたいなものだ。
ようやく多度大社の鳥居が見えてきた。右側に写っているのは「多度稲荷神社」の赤い鳥居と、多度観音堂の幟である。

多度稲荷神社。多度大社とは別の神社のようだった。

その右側の、多度観音堂。さきの「かん音地」というのは、ここのことかな。
明治の神仏分離以降は、やはり多度大社とは別物のはず。

ここの由緒書きが、大いに興味を惹いた。

両観音立像の説明中に「多度神宮寺にかかわり/関係があると考えられる」、全体の結びに「これらの仏像を研究することによって、多度神宮寺の歴史もしだいに明らかにされていくだろう」と書かれていた。
多度神宮寺は、現在では失われているのか。
多度神宮寺といえば『多度神宮寺伽藍縁起并 (並) 資財帳』である。神仏習合の歴史を知る上での重要史料で、弊ブログでも何度かネタにした。興味ある人いらっしゃいましたら、チラ見してください。いるかな?
それはともかく、これだけいろんなものが集中していると、いかにも「聖地」「聖域」って感じがするでしょ? しません?
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多度大社の境内に進入した。

左のキャラは「碧志摩メグ」。ここから志摩、遠いのでは?

さらに左には、上げ馬神事で使われるスロープ。白いビニールシート (かな?) で覆われていた 。

多度大社と多度祭 (上げ馬神事) の由緒書き。長いでしょ。今回は体調不良がなくても、文字起こしは見送っていたかも知れない。

代わりになるかどうか、公式HPのブログカードを貼る。QRコードで飛べるのと同じところかどうかは、わからない。私のスマホカメラの解像度ではQRコードを読み取れなかったから、検索して調べた。
それぞれ大意は同じだったが異同もあった。
石段を上ったところにあった社殿。本社と拝殿かなと思ったら…そうでなく

手前は新宮社という摂社…

奥は神楽殿とのことだった。他にも摂社末社が、とにかく多かった。

このスペースの左端に「奉幣馬」と扁額された建物があって、おお、生きた白馬がつながれていた!


動いているのが、おわかりいただけますでしょうか。
本殿への道案内は、神楽殿の左に立っていた。

上の写真奥の寶物殿。『多度神宮寺伽藍縁起并資財帳』は、ここに収蔵されているのかな?
左手前は「さざれ石」。さざれ石って、全国あちこちにあるな (いらんこと言わなくてよろしい

寶物殿対面の、縁起物売り場。

まっすぐ進むと、鳥居の奥に本殿の門が見えてきた。

上の写真右手には「神馬」と扁額された建物があった。ここの中に入っているのは、つくりものだった。

説明書き。本物の馬がいるのだから、つくりものまで置かなくてもよさそうな気がするけど、何か理由があるのだろうか。この説明書きからは、わからなかった。

左側の、あざやかな朱塗りが目を引く「美御前社」。


「婦人の帯下の病の治癒に」ご利益があるとのこと。表現がソフトなのが印象に残った。婦人病が深刻な問題であることは、認識しているつもりだけど (男なので「わかっている」とはとても言えない
門の扁額。「多度両宮」。

多度大社には、他の神社の本社拝殿に相当しそうな社殿が2セットあるのだ。
これは左側の「本宮 多度神社」。

右側の「別宮 一目連神社」。

本宮左奥には滝が落ちており…

別宮の前には、根っこが一本で幹が二本に分かれる大木が立っていた。
これでもかとばかりギミックを満載した神社だ。

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帰途、門前の土産物店をひやかした。


「八壺豆」という商品が、大小ずらりと並んでいた。
そういえば参道に八壺豆の説明書きを掲げた商店、他にもあったっけと、帰途、写真を撮った。
「西 大黒屋」というところだった。


「みそぎの滝」というところの前の茶店で、店主の老婆が始めた炒り豆が起こりだそうだ。
みそぎの滝というのは、本宮奥の滝とは別物のようだった。本宮奥の滝の名前は、いろいろ検索したが、よくわからない。
なんで「西 大黒屋」かというと、東に隣接して「大黒屋」という大きな料亭があるからだろう。鯉料理が売りのようで、門口がとても広くスマホカメラ1アングルには収まらなかった。

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