X旧ツイッターの4月22日「本日のニュース」のトップに、こんな項目が上がっていた。
ちなみに弊ブログでXをいちいちX旧ツイッターと書いているのは嫌味である。

名城線? 近いじゃないか! しかも中の人をやっている ちゃわ🐰🫧@chawanmush60392 さんは、最近FFさんになった人である。
ポストをさかのぼって読んだ。要点を取り出すと24日9:00スタートで18:00頃金山駅ゴールとのことだった。
関連ポストを貼ると大変な量になるので、勝手ながら posfie旧Togetter にまとめさせていただきました。
ポストを追っかけると、中途の駅でFFさんたちと会っている様子。
この日は17:00から名古屋駅前で後述の「#路哲名古屋」というのが開催されるので、見に行こうと思っていたところでした。
もし可能だったら、私も会って応援しようと思い立ちました。
差し入れは、ちょっと考えたけどやめました。初対面の人から貰ったものを口に入れるのはヤバいし、さりとて飲食物以外で適切なものも思い浮かばなかったので。
とは言うものの電車で移動している相手と合流するのは、けっこう難事なんですよね。部分的ネタバレかもだけど、伊坂幸太郎の「殺し屋シリーズ」第2作『マリアビートル』を思い出したり思い出さなかったり。
結論だけ書くと、金山駅の一つ手前の東別院駅で合流に成功しました。
金山駅は広いしめっちゃ人いるので、見通しのいい東別院駅周辺で待機したほうがいいと判断しました。
面会を快く受け入れてくださった中の人さんたちに感謝です。

金山駅では、トータル10人くらいの人が集まったとのことでした。posfie まとめの中に集合写真があります。
弊ブログはアフィリエイト広告を利用しています
引き続き名古屋駅に移動し #路哲名古屋 というのに参加した。
「#路哲」は「路上哲学読書会」の略で、追い切れてないけどイラストレーターの鍋倉雅之さんが高円寺で始めたのが今の源流じゃないかと思う。早い話がスタンディングである。
なぜ「今の」とあえてつけ加えたかというと「路上で哲学書を読む」あるいは「路上で哲学を語る」というのはソクラテス以来の哲学の原初的形態と言われ、全然のまったく別系統であり私が20年以上前に参加していた「名古屋哲学セミナー」という市民の学習サークルも、そういう意味の文言を掲げていたから。「名古屋哲学セミナー」まだやってるのかな?
#名古屋路哲 または #路哲名古屋 は、目下、名古屋駅周辺で毎週のように開催されている。ただし私はなかなかスケジュールが合わず、参加はこの日が初めてだった。

スマホカメラの夜間撮影機能の解像度では個人は特定できないと思うけど、一応顔消し処理しています。もし怒られたら消します。
こういうときの弊ブログの勝手に恒例の一つ、プラカード写真集。




参加人数は70人ほどとのことだった。
人物の特定が難しそうなスマホ写真を、もう何枚か貼る。やはり一部顔消ししています。


カエルの人もいた!

スタンディングというよりコール中心で、とても路上で哲学書を読める雰囲気ではなかった。哲学書ではないが今読みかけの本を、一応持っては行ったんだけどね。何を今さら。だがそれがいい。
何よりすごいと思ったのは、参加者がほんとうに若い人中心で、しかもSNSの呼びかけをきっかけに自発的に集まっていることだった。もちろん呼びかけ人はいるにせよ、昔ながらの意味での「主催者」というのは存在しない。
逆に言うと、現状の我々の社会が直面している危機は、ちょっと真面目に考えればただならぬほどヤバいのだ。何かせずにはいられないほど切迫しているのだ。
弊ブログはアフィリエイト広告を利用しています
