前回からあまり間が空いてないけど、期間限定アイコンネタです。
米国・イスラエルによるイラン攻撃に端を発するホルムズ海峡封鎖の影響が、いよいよ目に見える形になってきた。のっぴきならなくなってきた。
論壇やアカデミズムの世界はわからないけど、ネットで「ナラティブ」という言葉をよく見かけるようになった。「物語」とか「説明」とかいった語の言い換えとのことである。
だがそうすると「事実」とか「データ」とかいった言葉と対比させる必要があるように私は考えるのだが、もしそうであれば「ナラティブ」と対比させられる「事実」・「データ」に対応するカタカナ語がほしいようにも思う。どうでもいいことだが。
ナフサ不足に起因する現象は、上掲の朝日新聞デジタルの記事中に列挙されている。
私はこれらの原因は、高市政権の対米従属一辺倒の政策が招いたものだと考えている。高市政権の頑なな姿勢は、間違っていると考える。これが私のナラティブである。
いっぽうSNSの高市政権支持者の間では「カルビーが売り上げを上げるための便乗商法だ」などというナラティブも語られている。このナラティブが荒唐無稽であることは、例えばそれに先立つTOTOのユニットバス受注停止が説明できないことによっても傍証されよう。
そういえばTOTOはその後、受注再開を表明したし、カルビーは政府から聞き取り調査を受けたことも報道されている。
これらは私のナラティブでは「政府の圧力」であり、なんら問題の本質の解決につながらない愚行である。
だが私と意見を異にする人たちには、彼らなりのナラティブがあることだろう。「そのナラティブで、これからの我々の暮らしがどんどん苦しくなっていくことが説明できるのか?」くらいは言いたいが。
しかし残念ながら、私には彼らのナラティブをくつがえし自分のナラティブを貫く力量がないことを自覚している。SNSでありがちな、レスバトルにしかならないことが容易に想像できる。
こうしたことが、私の現在の「戦争鬱」「政治鬱」の原因の一つであることは、間違いない。
追記:
「ナラティブは、あくまで相対的」ということを書き忘れた。私の「ナラティブ」という語の理解が正しければ、だが。
せいぜい「より広い物事を説明できるナラティブが相対的に正しい」「より精密に物事を説明できるナラティブが相対的に正しい」としか言えないと考える。主観にも依存するだろうし。
これに関しては、稿を改めて論じるか、そもそも「ナラティブ」の使用をやめ「説明」「物語」等に回帰するべきかも知れない。
追記おわり
どうでもいいおしゃべりが長くなった。
X旧ツイッターで、アイコンをモノクロにするFFさんを見かけるようになった。いつも言っているがXをいちいちX旧ツイッターと書くのは嫌味である。
元をたどると、間違っているかも知れないがフォロワー3万超アルファツイッタラーの高橋裕行さんの、このポストが発端だったようだ。旧ツイッターがXに変わってからのアルファツイッタラーは、何と言ったらいいのだろう?
#新しいプロフィール画像#みんなでアイコンをモノクロにして政府に抗議しよう pic.twitter.com/oIoYaqdoLz
— 高橋裕行 (@herobridge) 2026年5月12日
面白いから私もやってみた。新たな期間限定アイコンとして、従来のアイコンをモノクロ化したものを装着することにした。便乗商法だ。文句あるか。

のみならず、ヘッダー画像もモノクロ化した。

X旧ツイッターのFFさんで、アイコンやヘッダー画像をモノクロにした人は何人もいる。その中に「戦時中みたい」とおっしゃる人がいた。
私も同感である。
悪い想像だが、戦争はもう始まっているのではないか。
ドンパチと直接戦火を交えるだけが戦争ではない。戦争は、あらゆるものを破壊する。経済や日常生活は、間違いなく戦争が破壊するものの中に含まれている。
さきの大戦の記憶をよみがえらせれば、それは明らかである。
追記:
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