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年金事務所に行った帰りに笠覆寺〔りゅうふくじ〕(笠寺観音)と笠寺公園周辺を散策した(前編:笠覆寺など)

ということで、年金事務所に行った帰りに最寄駅から至近の笠寺観音こと笠覆寺と、もうちょっと足を延ばして笠寺公園の周辺を散策した。

半日にも満たない短い散策だったが、由緒書きや説明書きの文字起こしをしたため分量が多くなったので2分割する。

今回「笠覆寺など」としたのは、笠覆寺周辺は丘陵地のためか他にも寺院が多く、他にもお参りしたところがあるから。

駅から笠覆寺への道すがらに、西方院というお寺があったのだが…

 

幟がいっぱい立っていて、いかにも一見の参拝者ウエルカムのように思えたから、お参りした。

幟の文字「烏瑟沙摩明王」は読めなかったので検索したところ「うすさまみょうおう」と読むようだ。ウィキペには「烏枢沙摩明王」として項目があった。火の神さま、トイレの神さまだそうだ。どっちも大事!

烏枢沙摩明王 - Wikipedia

 

上の写真で右奥がその明王堂、左に見切れている山門に、境内の案内図が掲げてあった。

 

本堂の写真は撮り忘れたけど、ちゃんとお参りしました。

案内図⑥のお掃除小僧さん。写ってないけど賽銭箱に「お駄賃箱」と書いてあった。

 

背後の「保存樹 クスノキ」が巨大だった。上下二分割で。

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他にも見どころがあったけど、先を急いで笠覆寺。昨日 (6/17) 付拙記事 の最後の方に貼った写真を再掲。

 

由緒書き。

弊ブログ勝手に恒例、Windowsフォトの「テキストのスキャン」機能を使った文字起こし。改行位置、変更しています。ルビ・欧文ある場合は省略しています。以下同じ。

  笠 覆 寺
 天林山と号し、真言宗。
 俗に笠寺観音の名で知られ、尾張四観音の一つである。
 天平年中(七二九~)禅光上人の開基で、十一面観世音を安置する。
 初め小松寺と称したが、延長年中(九二三~)藤原兼平が堂宇を再興し、今の寺号に改めた。のち再び荒廃したが、嘉禎四年(一一三八)僧阿願が朝廷に願い出て、宣陽門院庁より田畑の寄進を受け堂塔を建立した。当寺には重要文化財。
 県指定文化財多数がある。
  名古屋市教育委員会

 

境内の案内図は、公式関係をいろいろ探したが、いいのがなかった。

このfc2ブログに載っていたものが、いちばんわかりやすかった。

「笠寺観音ガイドブック」

https://kimamanatabibito.web.fc2.com/kasaderakannon/kasaderagaido/newpage1.html

 

このブログ中の案内図によると、さきの山門は「西門」だそうだ。

その向こう側、由緒書きの背後あたりにあった「六地蔵堂」

 

堂内左側の壁に掲げてあった説明書き。

 六地蔵のいわれ
過去にお釈迦さま(釈尊)が入滅されてのち、遠い未来に弥勒菩薩がブッダとなって世に現れるまでのあいだ、現在において、われわれ衆生を救うのが、地蔵菩薩といわれています。
われわれ生きとし生けるものが、輪廻転生(生まれ変わり続けること)する世界を、六道といい、次のように六種に説明されています。
·地獄道…罪悪を犯すことによって受ける責め苦
·餓鬼道…貪欲や嫉妬によって引き起こされる苦しみ
·畜生道…自分を反省しようとしない愚かさによって受ける苦しみ
·修羅道…争って、他者を打ち負かそうとする事によって受ける苦しみ
·人間道…身体と生活にまつわる苦しみ
·天 道…快楽に満たされても、必ずそれを失う苦しみ
この六道の全てにおいて、お地蔵様は苦しみから救おうとして下さいます。
私たちは、自分の行いによって、しばしば自分自身を苦しめてしまいます。
そんな時は、この六種の姿のお地蔵さまに、そっと、その苦しみを打ち明け、気持ちを軽くして、心を磨く糧としてはみませんか。
 天林山 笠覆寺(笠寺観音)

六道の言い換えが巧みだと思った。

 

その東隣にある多宝塔。

 

塔のたもとの石碑には「徳川家康公御幼少之砌 人質交換之碑」と刻してあった。

検索したところ、いちばん詳しいようだったのは、この記事だった。

tabi-mag.jp

つまり左が織田氏と今川氏との合戦で捕虜になった信長の兄の信広、右が元は今川氏の人質だったが織田氏に奪われていた徳川家康ということのようだ。

だが織田家当主の長男とのちに天下人になるといえ元々人質だった家康では、捕虜交換として釣り合わないような気がするのだが…よくわからない。

 

他にも気になるアイテムがいっぱいあったが省略して、本堂と、本堂右手前の玉照姫を祀る堂。

「玉照姫」と刻まれた石碑の側面には…

御詠歌
みづからは ぬれつヽわれにおほいする あまのはやしに 笠はくちせじ

と刻まれていた。

意味は、AIに訊いたところ…

AI による概要
「みづからは ぬれつつわれにおほいする」は、名古屋市南区にある笠寺観音(笠覆寺)に伝わる有名な御詠歌(ごえいか)の上の句です。全文は以下のようになります。みづからは ぬれつつわれにおほいする あまのはやしに 笠はくちせじ(自らは 濡れつつ我に覆いする 天の林に 笠は朽ちせじ)歌に込められた意味この御詠歌には、笠寺観音のご本尊である十一面観世音菩薩の深い慈悲の心が込められています。「自分の身は雨に濡れながらも、私(人々)に雨がかからないように覆いをしてくれる。天(観音様)の林(ご加護)の中で、その笠(観音様の慈悲)は決して朽ちることはない」という意味です。

との回答があった。いつもながら、いまどきのAIマジ優秀。

 

上の写真のさらに左側に「笠寺観音の歴史」の説明書きがあった。

○開基
呼続の浜辺に流れ着いた霊木が夜な夜な不思議な光を放ち、見る人は恐れをなした。
近くに住んでいた禅光(善光)上人は夢のお告げを受け、その霊木を彫らせて十一面観世音菩薩の像を造り、堂を建て、そこに観音様をおさめ、寺号を「天林山小松寺」とした。
天平五年(733)の事であった。
○観音様と玉照姫
その後、約200年の歳月が流れ、小松寺は荒れ、お堂は崩壊し、観音様は雨風にさらされたままになってしまった。ここに一人の娘がいた。彼女は鳴海長者・太郎成高の家に仕えており、その器量を妬まれてか、雨の日も風の日も、ひどくこき使われる日々を送っていた。
ある雨の日、雨露に濡れる観音様の姿を見て気の毒に感じ、自分がかぶっていた笠をとり、観音様にかぶせたのであった。
その縁か後日、関白・藤原基経公の息子、中将・藤原兼平公が下向のおり、長者の家に泊まった際にその娘をみそめ、自分の妻として迎えようと決心した。
苦境を救われ兼平公の妻となった彼女は「玉照姫」と呼ばれることとなった。
この観音様によって結ばれた玉照姫・兼平公ご夫妻は、延長八年(930)、この地に大いなる寺を建て、観音様を奉安し、寺号を小松寺から「笠覆寺」に改めた。この寺号が「笠寺」の名の由来である。
以来、現在に至るまで笠覆寺は「笠寺観音」の通称で親しまれ、厄除けや縁結びの観音様として、多くの人々の信仰を集めることとなる。
○興廃の波
さらに年月は経ち、嘉禎四年(1238)に阿願上人が寺を再興したのを始め、鎌倉~室町頃には塔頭寺院として「十二坊」が派生した(現存は4坊)。現在の堂塔の多くは江戸期(正保~宝暦年間)の再建になるものである。
江戸~明治時代にかけ諸堂は傷み、また境内に建っていた玉照姫木像が安置されていた堂も失われ、木像も門外に流出してしまった。
しかし、玉照姫·兼平公ご夫妻のご位牌と最初にかけられた笠は幸いにも散逸の難をのがれ、寺に残されて堂の再建を待つことになる。
○復興と現代
後に住職となる政識和尚は、荒れた寺を憂い、大正時代からあちこちに勧請して多くの信者の帰依を受けるなか、戦後には本堂・山門などの大修理をすすめて笠覆寺を復興、かつての壮観を取り戻した。
平成時代には、失われて百年あまりが経った玉照姫の堂の再建も果たされた。
令和時代に入り、本堂建立(1763)以来で最大の規模の根本的修理や諸堂·境内の整備を行う。
観音様はじめ幾多の諸尊、玉照姫・兼平公ご夫妻は、いまもこの寺で、参拝する善男善女を見守っている。
  令和三年辛丑吉祥日

日付が意外と新しいのは、再整備の落慶の折に設置されたからのようだ。

www.chunichi.co.jp

 

本堂内部の撮影は遠慮したが、ちゃんと合掌礼拝しました。

本堂右側。さきのfc2ブログ中案内図にはないが、護摩堂というらしい。スロープが広かった。

 

本尊十一面観音像は秘仏だが、護摩堂内部に仏像がいっぱいあり、ガラス越しだが拝観できた。

「七福神」、「不動明王」、「弘法大師」、「釈迦如来」、「阿弥陀如来」などの木札が掛かっていた。

「お聖天」や「金毘羅大権現」という札もあって「えっ?」と思ったが、ガラス越しに見えたのは厨子のようだった。

 

護摩堂右手前にあった「おもかる地蔵さん」。

おもかる地蔵さん
(抱き地蔵さま)
このお地蔵さまにお願いをする時は体をかがめて両腕でそっとやさしく抱き上げてお祈りください
重いので無理に持ち上げないでください

持ち上げるどころか、触りもしませんでした。でも一基一基、丁寧にお参りしました。

 

境内の東の端には、善光寺堂や、なぜか「宮本武蔵之碑」などがあるのだが…

 

その向こうに駐車場があって、笠寺公園のある見晴台〔みはらしだい〕という丘陵地が遠望できる。

初めの方で述べた通り、このあたりは寺院が多かった。

実は見晴台に移動するときにも、小さいお寺の、伝道標語って言うんだっけ? 掲示板の文言が目に飛び込んできたりした。

成功や栄誉や
勝ち負けを目的に
コトを行ってないけない
  油すまし(ゲゲゲの鬼太郎)

マンガかーい!

面白かったのでスマホ写真を撮ったが、自分の顔が写り込んでいたため貼れない。

 

これでもだいぶ端折ったのだが、それでも長くなったのでエントリーを分けます。

追記:

続きです。

watto.hatenablog.com

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