しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

佐々木崇夫『三流週刊誌編集部-アサヒ芸能と徳間康快の思い出』(バジリコ)

三流週刊誌編集部-アサヒ芸能と徳間康快の思い出

三流週刊誌編集部-アサヒ芸能と徳間康快の思い出

鈴木俊夫仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書)』を読んで、あのジブリの鈴木さんが『アサヒ芸能』からキャリアをスタートさせたことに、ちょっと意外を感じた。また「借金王」徳間康快徳間書店社長という人物に、興味を抱いた。それでamazonで見つけた本書を読んでみた。
期待したものと少し違った。サブタイトルに徳間康快の名前は掲げてあるが、通り一遍の略歴の紹介のほかは、折々の著者の目に触れる行状が語られるだけで、大部分は著者自身の回顧録である。それも約320ページの本文のほとんどは『アサヒ芸能』の編集者時代のエピソードであり、『テレビランド』『アニメージュ』『ロマンアルバム』の責任者として「ヤマト」「ガンダム」「宮崎アニメ」などを扱い次々とヒットを飛ばしたことが記されているのは、全18章のうち第17章と第18章の合計40ページほどにすぎない。鈴木俊夫という名前が出てくるのもp298のただ2箇所のみである。
で、『アサヒ芸能』の記者生活であるが、これがまたすさまじい。
例えば著者が新人時代に、教育がてら先輩の取材の補助につけられた時の話(p70〜)。広島の観光地を訪れた東京からの団体客の中に、トイレに嬰子を産み落としたまま立ち去った者がいたという三行記事が、地元の新聞に載った。
先輩記者は地元新聞社に電話をかけ、ツアーを企画したのが某有名デパートであることを聞き出し、そのデパートにツアー客の名簿を入手に行く。デパート側が拒否の色を示すと大声で「このデパートでは殺人未遂犯を上得意と呼ぶのか!」と騒ぎ、トラブルを恐れるデパートの弱みにつけ込むようにして名簿を差し出させる。著者は"恐喝の一歩手前"(p71)と書くが、立派な恐喝である。
せしめた名簿をもとに片っ端から電話をかけ、該当者が都区内の団地に母親と二人暮しであることを突き止めると、団地のドアを叩きながら「なぜ赤ちゃんを捨てたのですか?嬰子遺棄罪って知ってるでしょ?殺人未遂ですよ。○○サン、取材に応じて釈明してください!」と、わざと近所に聞こえるように騒ぎ立てる。
この乱暴きわまりない取材の結果、赤ん坊の"父親"はなんと黒澤明の愛弟子で石原裕次郎を起用して大作を製作中の大物映画プロデューサーだったことがわかる。先輩記者は「三行記事が四、五ページの特集に化けた」と大ハシャギするが、直後にどういうルートからか圧力がかかり、徳間社長から記事差止めを命じる電話が入る。結局、記事は、人名はすべて仮名となり、ページも二ページに減らされる。
圧力といえば、次のような箇所もある。

 昭和四二年、作家の故・梶山季之氏が『週刊アサヒ芸能』に連載し単行本化した小説『生贄』が、そのモデルとされる女性から告訴されるや、徳間康快は電光石火の早業で矛を収めてしまう。
 知る人ぞ知る「インドネシア賠償事件」の秘話で、岸信介と政商・K商店がスカルノ大統領に「紅馬車」のホステスを献上したいきさつを材にとって描かれている。このホステスとは、あのデビ夫人のことではないのだが、小説では生贄にされたホステスが政治家と政商に手厳しいしっぺ返しをするといった痛快な展開になっている。そのホステスと混同されたと思ったデビ夫人は冗談じゃないということになった。店頭に並ぶ『生贄』を回収、その後は絶版とされたい――と要求。徳間康快はこれをあっさり呑んだのである。

(p91〜92)
本書に登場する徳間社長は、だいたいこんな調子で描かれることが多く、『仕事道楽』の、宮崎駿がスタジオを作りたがっているが金がないと聞くと「金は銀行にいくらでもある」と答えたというような、怪しくもあるが痛快きわまるエピソードは、一切、登場しない。
それにしても『アサヒ芸能』とスタジオジブリとは、水と油というか、これほど異質な組み合わせはそうそう他に思いつかないのだが、これらが徳間書店という同じ土壌から育ったことは否定のしようがない事実である。
追記:
『アサ芸』でもアニメ誌でも、雑誌にはトラブルがつきもので、またトラブった時の解決方法が似通っているのが面白い。
本書p211〜によると著者は『アサ芸』の「全国女親分列伝」という企画で、大阪飛田の「I親分」から「ザリガニの刺青をしょった"女次郎長"」を紹介され記事にしたところ、その"女次郎長"から「あれはザリガニではなくエビだ。この誤記は名誉を著しく傷つけるもので許しがたい。返答によっては告訴する」との内容証明郵便が届いたという。
編集長がパニックを起こすので、仕方なくパトロン格の「I親分」に事情を話すと、たちまち"女次郎長"を訪ね「文句があるならワシに言え!」と一喝、なにがしかの金と引きかえに黙らせてしまったという。
p304〜に記されているところによると、テレビ番組のヒーローにはなんと「序列」があり、この序列を崩して例えば表紙に「仮面ライダー」を「ガンダム」のサブキャラより小さく載せたりすると、それだけで大騒ぎになるのだそうだ。
著者が『テレビランド』の編集長をしていた時期に、部下が某プロの番頭格から「あの表紙のレイアウトではウチのキャラクターが死ぬ」と言われ真っ青な顔で駆け込んできたことがあったそうだ。番頭格とはいくら話してもラチがあかないので、直接原作者に事情を話すと、これがあっさりOKが出、結局その番頭格が独断で嫌がらせをしていたことがわかったという。
この手のトラブル解決方法は、他業種でも参考になりそうだ。またこうした著者の行動を、「黒澤の弟子事件」や「小説『生贄』回収騒動」の折の徳間社長の姿と重ねてみると、また違った見方ができそうな気がする。