前回、晋の文公に関して書いたときに、介子推のことももう少し書いておけばよかったと後悔を感じたので、少し付け足します。
介子推は文公の側近で、棒術の達人と言われます。十九年にわたる亡命生活に、ずっと随行しました。飢えた文公のため、太腿の肉を切り取って食べさせたという伝説があります。宮城谷昌光氏は『重耳』で「修辞であろう」と述べていますが、鄭問氏は『東周英雄伝』でその通りに描いています。『東周英雄伝』に関しては あざなわ さんから次のようなブコメをいただきました。ありがとうございます。
謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー(中国編その2) - しいたげられたしいたけ
鄭問の東周英雄伝は大判で読むのをお勧めしたい(文庫サイズだとあの筆画の素晴らしさが発揮されない
2015/12/14 12:39
まことにごもっとも。大判の方の書影も貼ります。文公と介子推が出てくるのは2巻です。
文公が晋の国主の座に就いたのち、なぜだか介子推のみは恩賞から漏れます。宮城谷氏『重耳』では世に出ることを望まず隠遁したことが述べられますが、鄭氏『東周英雄伝』には、文公が無理やり召し出そうとして介子推が隠棲している山に火を放ち、誤って老母ともども焼き殺してしまうところまでが描かれます。確認のため検索したら、前者は『史記』の記述に基づき、後者は『十八史略』に出てくる記述だそうです。
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訪問治療院つちだ さんから、少しあとの時代の劉邦に関して、こんなブコメをいただきました。
謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー(中国編その2) - しいたげられたしいたけ
劉邦は、どんなに優秀な部下でも必要なくなったり脅威が少しでもあれば、ためらわず殺すあたり、いろんな意味ですごい大将ですね
2015/12/13 23:52
ちょうどその前日にこんな増田を読んで、天下が定まったのち将兵が粛清されるのはSFに限った話ではなく史実なのだ、という意味のブコメをつけたところでした。
ブコメに書いた『長州奇兵隊―勝者のなかの敗者たち (中公新書)』は後々まで気になる本のひとつで、過去の拙記事で二度にわたり内容を引用させてもらいました。戊辰戦争後、長州藩内では元奇兵隊士の徹底的な粛清が行われたのです。勝者であっても恩賞に充てられる戦果が無限に得られるわけではありません。戦功のあった将兵のうち、不満を持つ者はどうしたって出てくるのです。彼らに対しては、実力で鎮圧という非情な手段がとられるのが歴史の常です。それを実行できなかった薩摩では、不平士族たちが西郷隆盛をかつぎ西南戦争を起こしました。
それで思い当たったのですが、ひょっとしたら介子推は功績がありながら粛清の対象となった功臣の一人だったのではないでしょうか? そんな想像が浮かびました。すでに歴史の深い底に沈んだ事件であって、同時代の金文が出土するような奇跡でも起きない限り検証は不可能ですが。
介子推という人物が気になる人は多いようです。宮城谷昌光氏には『介子推 (講談社文庫)』という独立した作品があるほか、『沙中の回廊〈上〉 (文春文庫)』の導入部にもゲスト出演のように登場します(なお私は『沙中の回廊』は朝日新聞連載時に読み文庫で再読しようとしているところですが『介子推』は未読です)。『大菩薩峠』で知られる中里介山のペンネームは、隠遁後の介子推が文公によって形ばかり封じられた封地「介山」にちなむものだそうです。
「中国編その4」のマクラにするつもりで書き始めたのですが、分量が多くなったので独立したエントリーにします。
追記:
さらに追記です。本編自体が追記なので、追記の追記になります。
「実際に戦った者が正当な報酬を受けていない」という感情は、我々にもう一つなじみの深い国=アメリカの、映画というメディアでも繰り返し描かれています。スタローンやシュワルツネッガーのように保守の側から描くこともあれば、オリバー・ストーンのようにリベラルの側から描く人もいます。いずれにしろ、ベトナムで、アフガンで、イラクでe.t.c.現実に戦った元米兵の感情を踏まえたものでしょう。アメリカは間違いなく現在世界で一番多くの富を握っている国ですが、それでも有限なのです。果たして彼ら全員が十分満足するだけ報いることができているかというと、大いに疑問です。
なにより不安を感じるのは、アメリカが現在も自国兵を戦場に大量に送り出していることです。かの国の社会に不満が充満することがどのような結果をもたらすか、安易に予想することは避けるべきでしょうが、それにしても我が国に影響が大きい国のことなので、そういう視点からのウォッチも必要そうだとだけは書き足しておきたく思った次第です。