しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

『靖国 YASUKUNI』観てきた

午後、予約が入らず半日休みになった。名古屋ではシネマテークという独立系のミニシアターで上映が始まっているので、そういうことがあったら観に行こうと決めていた。で、観てきた。
事前に上映時間を調べにホームページを見に行ったら、「定員入替制」「整理券をお渡しします」と書いてあった。
シネマテークという映画館には初めて足を踏み入れたが、小さいこと!学校の教室ほどの大きさしかない。椅子の数は50くらいかな?スチールの補助椅子をいっぱい並べていた。最前列とスクリーンの間の床の上に20ほど並べてあるのは、なんと座椅子じゃないか!上映が始まると、さすがに補助椅子までは全部埋まらなかったが、明らかに定員以上の観客が入っていた。あとで夕食に立ち寄ったウナギ屋のご主人によると、表から見ている限り先週の週末はもっとすごくて、整理券を持っていなくて観られずに帰ったお客さんもいたそうだ。
週刊新潮』や稲田なんとかという国会議員は、なんのつもりでこの映画に対するバッシングを始めたのかは知らないが、もし大勢に見せたくなかったのであれば、明らかに逆効果であった。私だってあんな騒ぎがなければ観に行こうなんて思わなかったもんね。
で、作品自体の感想なのだが、率直に言って醜悪なのである。何が醜悪かって、安っぽい軍服もどきに身を包んで(「コスプレ」という言葉が浮かんでしまった。それ以外に適切な単語が思いつかない)、社殿の前で奇妙なパフォーマンスをするいい年をしたじいさんやおっさんたちの姿がである。もし人目に触れさせたくないものがあったとするなら、こういうありのままの姿だったのではないかと想像してしまう。
いや、他人がどんな格好をして何をしようが当人の勝手である。それより気持ちが悪いのは、そこには小泉元首相だとか石原東京都知事だとかといった、ものすごい権力を握る政治家たちの姿もまた、ちらちらすることだ。言うまでもなく新自由主義的な諸政策=格差の拡大を全速力で進行させている張本人である。パフォーマンスのじいさんおっさんたちは、果たして格差社会においてイケてる層に属するのかね?
映画そのものからどんどん脱線するから短くすませると、新自由主義的政策が、本家のアメリカのような国であればともかく、日本のような高齢化が進み人口激減が間近に予測される国において、国力を維持し高めるのに有効だとはとても思えない。そのことが、戦前において他の選択肢を省みず軍国主義の道を突き進み、あろうことかナチス・ドイツのような国と同盟を結び、破局に至った過程と二重写しに見えて仕方がないのである。