しいたげられたしいたけ

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鴨志田穣 (文)、西原理恵子(まんが)『続 ばらっちからカモメール ― 最後のラブレター』(スターツ出版)

続 ばらっちからカモメール―最後のラブレター

続 ばらっちからカモメール―最後のラブレター

短いエッセイをまとめたものなので、順不同で読んでいたが、どうやら一巡してしまったらしい。時期的には『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』の直前、たぶん離婚の直後くらいから、カモちゃんの二度の吐血と入退院の期間のことが綴られている。
ちょっと唐突かも知れないが、『二十歳の原点 (新潮文庫)』を読んだときのことを思い出した。あくまで著者の主観が記されているので、客観的にどのような出来事があったのかは、読者は想像するしかない(書くべきか迷ったんだけど書かないと伝わらないのであえて書くと、DVを推測させる記述がある)。
ちなみにサイバラは、二児をかかえて離婚というこの時期に、たぶんこれまでの作品中では最高の傑作『ぼくんち』を完成させている。よく言われることだが、名作はえてして最悪の環境から生まれる。
ここのところ偶然手に取った本から、たまたま共通して「出会い」ということについて考えさせられることが多い。
もしカモちゃんがハシダさんやサイバラと出会うことがなければ、世間から認知されることはなかっただろう。例えばだけど、バンコクの「外こもり」の一人として、案外平穏な人生を今も送っていたかも知れない。
カモちゃんをアルコール依存症に追い込んだフラッシュバック、不眠、社会不適応e.t.c.は、戦地PTSDが原因と推測される(素人診断だから間違っているかも知れないが)。ハシダさんのような「元・左翼の闘士」であればともかく、戦地取材という仕事は、果たしてカモちゃんのライフワークとして適当だったのだろうか?いや、それでも「自分が生きた」という証を残すだけの仕事に出会えたことを、幸運だったと評価すべきなんだろうか?わからない。
なお、『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』の時もそう思ったけど、カモちゃんの著書の中に登場するサイバラって、すげー色っぽいというかすげーいい女なんだよね。
本書p115より。

 初めて彼女と知り合ったのはタイだった。
 その後、地球の裏まで一緒に行くことが出来て、"好き"とひとこと言った。
 日本に帰り、はがいじめにして抱いた。
 二人で深く眠り、不思議と同時に目覚めると、
「私、どんな人か知ってるの」
 ベッドの中で彼女は言った。
「知らないよ。抱きたいから……それだけ」
 彼女はふっと恥じらった顔をして、また一度抱き合い、深く、深く眠った。
 彼女がマンガ家である事も、よく知らなかったのだ。

追記:
昨日(8/16)、上記のエントリーを書いているときに、突如パソコンの電源が落ちた。データのサルベージに成功したので、一応アップしておく。