しいたげられたしいたけ

選択的夫婦別姓の早期実現を求める

安部公房『榎本武揚』(中公文庫)

榎本武揚 (中公文庫)

榎本武揚 (中公文庫)

歴史上の人名をタイトルにした長編は、この作者の長編では唯一だが、題名から期待されるような歴史小説ではない。榎本武揚の生涯をたどるものではないのである。戊辰戦争のうちの東北戦争と函館戦争が、主な舞台である。しかも全巻を通じて目立つのはむしろ新選組の土方歳三で、とりわけ前半での幕府歩兵隊を率いた土方の活躍はめざましく、フランス仕込みの歩兵奉行・大鳥圭介は、ただの頭でっかちで土方の引き立て役のようにしか見えない。だが巻の半ばを過ぎてようやく榎本武揚が登場すると、物語は重層的な構造を見せ始める。土方は戦術の人であり、榎本は戦略の人なのである(戦略だの戦術だのというのも、手垢がついた言葉ではあるが)。戊辰戦争開戦時、最強の艦隊は幕府が保有しており、その海軍奉行が榎本であったのだが、作者は榎本に次のような台詞を喋らせる。

古今東西、海軍だけで敵国を征服したという例はないのだ。海軍は勝っても、征服はしない。国というのは、陸地だから、征服するのは陸軍なのさ。
<中略>
そこで困ったことは、陸に敗れ、海軍だけが生き残った場合、いったい何うすればよろしいのか。海軍もいっしょに、敗れてくれれば、文句はないのだが、どっこいこの海軍がむやみに強いときているのだ。征服は出来ないのだが、負けることも金輪際ない。はてどうしたものかと、あれこれ首をひねったあげくに、はたと思いついたのが、蝦夷地だったというわけなのさ。
 蝦夷地なら、海軍と、ほんのちょっぴり陸軍があれば、わけなく征服も出来るし、占領も出来る。

(p243)
ところがこの台詞もいわゆる嘘の皮というやつで、歴史はこの言葉の通りには推移しなかった。海軍力も、あっという間に新政府軍に逆転されてしまうのである。そして榎本には、もう一枚裏の意図があったことが、巻の末尾近くで明かされる…
この小説には、作者自身とおぼしき「私」、北海道で旅館の主人をしている元憲兵、土方歳三の指揮下で戦った元新選組隊士という三人の語り手が登場する。現代(小説発表当時の1960年代だが)、太平洋戦争、幕末を三重写しにしようという仕掛けであろう。
追記:(2/4)
戦略家というのは、一兵卒の立場から見ると、ひっで〜奴だよなぁ。こんなのに命を預ける側はたまったもんじゃない。
例えば『壬生義士伝』と読み比べると、さらに興味が増すと思う。