しいたげられたしいたけ

空気を読まない。他人に空気を読むことを要求しない

西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(よりみちパン!セ)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)

レジデント初期研修用資料さんのところのエントリー
http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/160
が良かったので、読んでみた。
重要な点は、レジデント初期研修用資料さんのところにアフォリズム風にまとめられているので、それ以外の箇所で印象に残ったところを。
「絵で食う」という目標を定めた美大時代のサイバラは、「少なく見積もって50社」「部署でいったら百は下らない」(p89)持ち込みを行ったという。
見習うべきだよね、これは。
それから目下のサイバラは、東南アジアなど海外を定期的に訪れているが、そこで貧しい人々の暮らしに目を向ける。
本書には、カンボジアプノンペン郊外で、ゴミの山から鉄くずやペットボトルを拾って生活している少年少女に触れた一節がある(p206)。アスベストなども含むゴミの山で一日働いて彼らの収入は200円だそうだ。どんなに働いても貧しさから抜け出せない構造が、そこには、ある。
一方で、著者は「グラミン銀行」という試みを、次のように紹介している。

 この銀行のことをニュースで知ったとき、「いよいよ、はじまった!」という気持ちがわき起こって、わたしはものすごく嬉しくなった。
<中略>
 グラミン銀行の生みの親であるムハマド・ユヌス氏は、アメリカに留学した経験もあるエリート経済学者だった。でも帰国してから、バングラデシュの大飢饉に直面する。
「自分が勉強してきた経済学が、食費さえ稼げずにやせ細っていく人たちを救えないのだとしたら、いったい何の意味があるだろう」。
 やむにやまれぬ気持ちにかられたユヌス氏は、貧しい村を歩くうち、竹細工で生計を立てていた女の人たちに、自分のお金から材料費として二十七ドル、日本円にして三千円くらいを無担保・無利子で貸し出した。
 これが、「グラミン銀行」のはじまり。

(P218〜219)
「貧困のループ」を断ち切るためには「魚を与えるのではなく、釣竿を与えよ」とはよく言われることである。しかしこれまでの援助は「魚を与える」もしくは現地をよく見もせずに「山の民に釣竿を与える」ようなものばかりが多かったようである。そうした反省は世界中のそこかしこで起こっているようで、著者とともに私もそれを注意深く見守ってゆきたいと思う。
類似の例で『がんばれ仏教! (NHKブックス)』にはスリランカの「サルボダヤ運動」というのが紹介されている。
どうでもいいけど、わが日本では、「貧困のループ」を断ち切るのではなく「貧困のループ」を拡大再生産するような政策ばかりが行われているようにしか思えないのが、私の勘違いであってくれればいいが…