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しいたげられたしいたけ

人権を守るには人権を守るしかない。人権以外の何かを守ることによって人権を守ろうとする試みは経験的に全て失敗している

日本語の翻訳名が説明的な漢字一文字をつけたがる傾向

ときどき発生する収集癖です。
『21世紀の資本論』という本が、日本語版はまだ出ていないにもかかわらずメディアやネットでわりと話題になっている。日本語版翻訳者の山形浩生氏は「はてなー」だ。2か月ほど前になるが、こんなエントリーがホッテントリ入りしていた*1
ピケティ『21世紀の資本』:せかすから、頑張って急ぐけれど、君たちちゃんと買って読むんだろうねえ…… - 山形浩生の「経済のトリセツ」
すみません、経済には疎いので、私は読むかどうかわかりません。

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本エントリーで書きたいのは、同書の内容のようなハイレベルなことではありません。ただの題名の話です。
同書の原題はウィキペによると“Le Capital au XXIe siecle”(仏)、英語名は“Capital in the Twenty-First Century”、直訳すると「21世紀の資本」だ。日本語名には「論」という漢字がくっついている。
これはもちろん、同書の書名がマルクスの『資本論』を踏まえているからで、こちらの原題は“Das Kapital”(独)、直訳すると「資本」なのだ。日本語名で「論」が付け加えられた。
話変わって ESL Podcast の、このエントリーを書いている直近の English Café はディズニー映画の『白雪姫と七人のこびと』を取り上げている。えらくマイナーな話題に変わってすみません。ESL Podcast のリスナーって、今日本にどのくらいいるんだろう? 質問コーナーにときどき日本人名の質問者が出てくるから、ゼロってことはないはずだけど。
何が言いたいかというと、この映画の原題は“Snow White and the Seven Dwarfs”。「白雪姫」じゃなくて「白雪」または「雪白(ゆきしろ)」なんだよね。グリムによる原題をぐぐったら“Schneeweißchen”(独)、“-chen”はドイツ語特有の「縮小辞」と呼ばれる接尾語だ。「雪白っ子」「雪白ちゃん」というところか。「姫」というのは日本語名にしかないのだ。
次は、完全に個人的な事情。つれづれなるままに高島俊男三国志 きらめく群像 (ちくま文庫)』という本を読み返している。再読なのか積ん読の初読なのかわからない。実は直前に再読のつもりで井波律子『三国志演義 (岩波新書)』を読み終え、こっちも内容が何一つ頭に残っていなかったからどうやら初読だったらしい。あるいは私の脳味噌が本一冊分の記憶をまるまる消去できる揮発性なのかのどっちかだ。ええい、そんなことは関係ない。
高島本P71に、呂布の乗る名馬「赤莬」の話が出てくる。小説の『三国志演義』では、呂布の死後、関羽が乗ることになっているが、史書にはそういう記述はないとのこと。
で、小説のみならずマンガやゲームの影響もあって、歴史上の名馬としてはぶっちぎりで最も有名なんじゃないかと思われるこの馬の名は、日本では「赤兎馬」なのだが、史書では「馬」はつかないそうだ。「兎」は「莬」と同字としても。
中国の古典小説としては『三国志演義』と双璧をなす『水滸伝』も、オリジナルの中国語名は『水滸』だけなのだ。
こんなふうに、外国のものを日本に輸入するとき、名前に説明的な漢字一文字を付け足す習慣は、ジャンルを問わずいろんなところで行われているようで、もっとないか探してみた。
スコットランドが独立ってなぜ?イングランドvsスコットランドの歴史 - NAVER まとめ
ブックマーク一号は私だぞ、珍しく(^^)
ここのブコメに、イギリスの老僭王・若僭王のことをちょっと書いた。スコットランドの王家から同君連合として連合王国の王位を兼ね、二度の革命を経てグレートブリテンから追放されるステュアート家の歴史はすげー興味深いのだけど、門外漢たる私にそれを詳述する力はない。どうかまともな本を読んでください。老僭王はオリジナルの英語では“The Old Pretender”、若僭王は“The Young Pretender”。いずれも「王」という文字は含まれない。実際、大英帝国の王ではなかったからということかどうか「大僭称者」「小僭称者」という訳語もあるそうだ。
ここではたと気づいた。イギリス王家に限らずヨーロッパの王室は、歴代国王にあだ名をつけるケースが実に多い。
ウィリアム1世 = 征服王(The Conqueror)
ウィリアム2世 = 赤顔王(Rufus
ヘンリー1世 = 碩学王(Beauclerc)
リチャード1世獅子心王(The Lionheart)
ジョン = 欠地王(Lackland)

鉱脈に突き当たった。いくらでもある。これで満腹になったつかやる気をなくした。鉱脈に突き当たったとき、より興味をかき立てられるタイプと、お腹一杯になって満足しちゃうタイプがあるんだろう。知らんけど。私は後者らしい。それが大成しない理由の一つかも知れない。

*1:追記:みすず書房版の仮題は『21世紀の資本』で「論」はついていないそうです。山形氏直々にご指摘いただきました。失礼しました!