しいたげられたしいたけ

拡散という行為は、元記事の著者と同等以上の責任を拡散者も負う

異なる仏典に同じ仏名や似たようなエピソードがしばしば登場することについて(その2)

『維摩経』「菩薩品」に続く「問疾品」では、結局断り切れなかったマンジュシュリー(文殊)菩薩が、維摩詰居士の病気見舞いに行くことになった。すると断ったはずの八千の菩薩衆、五百の声聞すなわち仏弟子、さらには百千の神、天人、天女など人ならぬ者たちが、文殊菩薩に付き従った。

司馬遼太郎のエッセイからの孫引きだけど、江戸時代の在野の学者・富永仲基は、インド、中国、日本の思想の特徴と言うか弊害として、インドは現実離れしたSFであること、白髪三千丈の中国は大袈裟であること、そして日本は隠蔽主義であることを指摘したという。この指摘に関しては、ぜひ原文を読んでみたいと思いつつ、残念ながらまだ果たせない。一市民として、日本の行政に対しては速やかな文書開示と、秘仏を有する寺院にはご開帳を、強く要望するものである(余計なこと言ってすみません。8月1日のエントリー で、京都奈良から離れるほどに有名寺院で本尊を秘仏にしているところが増えることに関して、ぶつくさ言ったのです)。

というのはおいといて、数字の誇大化は古代インド思想においても神秘主義と並んで随所に現れるようだ。そういう話もこれからいくつか出てくる予定。 

梵文和訳 維摩経

梵文和訳 維摩経

 

文殊菩薩一行が訪れた維摩詰の邸宅というのが、びっくりハウスでたいへんに愉快なところなのだ。SFのオンパレードだが、怖いといった感じではない。

まず見舞いの一大集団を、維摩邸は難なく収容してしまった。のみならず集団の一人である仏弟子シャーリプトラ(舎利弗)が、心の中で「これらの菩薩たちや、声聞たちはどこに坐るのだろうか。この家には椅子がないが」(『梵文和訳 維摩経』P108)と考えると、維摩詰はその心を見抜いて、「あなたは法を求めにやって来たのですか、それとも椅子を求めにやって来たのですか」(同)と問い詰めた。「共謀罪法」審議のとき、近代刑法の基本理念であるはずの「内心の自由」を犯すものではないかが議論になったが、古代インドでは考えただけでもダメらしいことが、『維摩経』だけでも随所に出てくる。

そして東方三十六恒河沙数の仏国土を越えたところにある、メールドゥヴァジャ(メール:須弥山、ドゥヴァジャ:幢〔のぼり〕)という世界から、そこの主であるメールプラディーパラージャ(メール:須弥山、プラディーパ:燈、ラージャ:王)如来により、三百二十万という獅子座すなわち仏の座るべき椅子が、一瞬にしてAmazonお急ぎ便で宅配されたのである。Amazon云々というのだけ嘘ですすみません(上掲書P111~112)。

この須弥幢世界の須弥燈王如来という名称が、『阿弥陀経』の「六方段」と呼ばれる箇所に出てくる「東方の須弥相仏」、「南方の須弥燈仏」の、サンスクリット原名にほぼ一致している旨を、2011年11月13日付の拙過去記事 に書いたことがある。

中村・早島・紀野『浄土三部経〈下〉観無量寿経・阿弥陀経 (岩波文庫)』収録の梵文和訳によると、「須弥相仏」は「メール・ドバジャ(スメールの幢幡〔はたぼこ〕を持つ者)と名づける如来」(P127)、「須弥燈仏」は「メール・プラディーパ(須弥山のごときの灯明ある者)と名づける如来」(P128)とある。仏国土名と仏名が入れ替わっている点が、気になるところではあるが。 

浄土三部経〈下〉観無量寿経・阿弥陀経 (岩波文庫)

浄土三部経〈下〉観無量寿経・阿弥陀経 (岩波文庫)

 

『維摩経』における順番とは前後するが、2011年の拙過去記事 に触れたついでに先に書いてしまうと、少し後の「香積仏品」では、シャーリプトラは今度は「昼食の時間が過ぎてしまったが、食事はどうするのか?」と心配しているのを、またしても維摩詰に見抜かれてしまう(『梵文和訳 維摩経』P167)。そして今度はこの娑婆仏国土の上方四十二恒河沙数の仏国土を越えたところにある、ガンドーッタマクータ(最上香積)如来しろしめすサルヴァガンダスガンダ(一切香妙香)という世界から「香り高き食事」を取り寄せるのである。

この一切香妙香世界という仏国土は、言葉ではなく匂いでコミュニケーションをとるという、これもまた面白そうなところではあるが、興味を持たれた方には原典を参照してもらうとして、『阿弥陀経』「六方段」の上方世界には「香上仏」という仏名が出てくる。この梵文和訳が「ガンドゥーツタマ(最上の香りある者)と名づける如来」(岩波文庫『浄土三部経〈下〉』P131)となっているのである。

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Wikisource に『阿弥陀経』の原文と現代語訳があるので、「六方段」の個所だけ引用させていただきます。今後も参照する予定があるし、それに今ちょうどお盆だし(余計なことを言わない>自分

白文

舍利弗 如我今者 讚歎阿彌陀佛 不可思議功德 東方亦有 阿閦鞞佛 須彌相佛 大須彌佛 須彌光佛 妙音佛 如是等 恒河沙數諸佛 各於其國 出廣長舌相 徧覆三千大千世界 說誠實言 汝等衆生 當信是稱讚 不可思議功德 一切諸佛 所護念經
舍利弗 南方世界 有日月燈佛 名聞光佛 大焰肩佛 須彌燈佛 無量精進佛 如是等 恒河沙數諸佛 各於其國 出廣長舌相 徧覆三千大千世界 說誠實言 汝等衆生 當信是稱讚 不可思議功德 一切諸佛 所護念經
舍利弗 西方世界 有無量壽佛 無量相佛 無量幢佛 大光佛 大明佛 寶相佛 淨光佛 如是等 恒河沙數諸佛 各於其國 出廣長舌相 徧覆三千大千世界 說誠實言 汝等衆生 當信是稱讚 不可思議功德 一切諸佛 所護念經
舍利弗 北方世界 有焰肩佛 最勝音佛 難沮佛 日生佛 網明佛 如是等恒河沙數諸佛 各於其國 出廣長舌相 徧覆三千大千世界 說誠實言 汝等衆生 當信是稱讚 不可思議功德 一切諸佛 所護念經
舍利弗 下方世界 有師子佛 名聞佛 名光佛 達摩佛 法幢佛 持法佛 如是等 恒河沙數諸佛 各於其國 出廣長舌相 徧覆三千大千世界 說誠實言 汝等衆生 當信是稱讚 不可思議功德 一切諸佛 所護念經
舍利弗 上方世界 有梵音佛 宿王佛 香上佛 香光佛 大焰肩佛 雜色寶華嚴身佛 娑羅樹王佛 寶華德佛 見一切義佛 如須彌山佛 如是等 恒河沙數諸佛 各於其國 出廣長舌相 徧覆三千大千世界 說誠實言 汝等衆生 當信是稱讚 不可思議功德 一切諸佛 所護念經

現代語訳

シャーリプトラよ。私が、いま、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛するように、東方にもまた、アクショービア(不動なる者)と名づける如来、メール・ドヴァジャ(スメールの幢幡を持つ者)と名づける如来、マハー・メール(大いなる須称山)と名づける如来、メール・プラバーサ(須称山の輝きがある者)と名づける如来、マンジュ・ドヴァジャ(妙なる幢幡を持つ者)と名づける如来などの恒河(ガンジス川)の砂の数ほどの諸仏がおり、おのおの、その国において、 広長の舌相(舌が鼻を覆えば、説く言葉に虚言が無いと信じられていた)を出し、あまねく三千大千世界を覆って、この誠実の言を説きなさる、『汝ら民衆よ。まさに、この、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛する、一切の諸仏に念じ護られていると名づける経を信ずるべきだ』と。
シャーリプトラよ。南方世界に、ヤショー・プラバ(ほまれの光ある者)と名づける如来、マハー・ルチ・スカンダ(大いなる炎のかたまりを持つ者)と名づける如来、メール・プラディーパ(須称山のように灯明ある者)と名づける如来、アナンダ・ヴィーリヤ(限りなく精進をなす者)と名づける如来などの恒河(ガンジス川)の砂の数ほどの諸仏がおり、おのおの、その国において、広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界を覆って、この誠実の言を説きなさる、『汝ら民衆よ。まさに、この、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛する、一切の諸仏に念じ護られていると名づける経を信ずるべきだ』と。
シャーリプトラよ。西方世界に、アミターユス(無量寿)と名づける如来、アミタ・スカンダ(無量のかたまりを持つ者)と名づける如来、アミタ・ドヴァジャ(無量なる幢幡を持つ者)と名づける如来、マハー・プラバ(大いなる光輝ある者)と名づける如来、マハー・ラトナ・ケートゥ(大いなる宝の幢を持つ者)と名づける如来、シュッダ・ラシュミ・プラバ(清らかなる光線のある者)と名づける如来などの恒河(ガンジス川)の砂の数ほどの諸仏がおり、おのおの、その国において、広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界を覆って、この誠実の言を説きなさる、『汝ら民衆よ。まさに、この、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛する、一切の諸仏に念じ護られていると名づける経を信ずるべきだ』と。
シャーリプトラよ。北方世界に、マハー・ルチ・スカンダ(大いなる炎のかたまりを持つ者)と名づける如来、ヴァイシヴァーナラ・ニルゴーシャ(その音があまねく鳴響いている者)と名づける如来、ドゥンドゥビ・スヴァラ・ニルゴーシャ(その音声が太鼓の響きごとき者)と名づける如来、ドゥシプラダルシャ(襲いがたき者)と名づける如来、アーディティア・サンバヴァ(太陽から生まれた者)と名づける如来、ジャーリニー・プラバ(網のようにひろく覆う光明ある者)と名づける如来、プラバーカラ(光を放つもの、太陽)と名づける如来などの恒河(ガンジス川)の砂の数ほどの諸仏がおり、おのおの、その国において、広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界を覆って、この誠実の言を説きなさる、『汝ら民衆よ。まさに、この、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛する、一切の諸仏に念じ護られていると名づける経を信ずるべきだ』と。
シャーリプトラよ。下方世界に、シンハ(獅子)と名づける如来、ヤシャス(名声)と名づける如来、ヤシャハ・プラバーサ(名声という光輝ある者)と名づける如来、ダルマ(法)と名づける如来、ダルマ・ダラ(法を保つ者)と名づける如来、ダルマ・ドヴァジャ(法の幢幡を持つ者)と名づける如来などの恒河(ガンジス川)の砂の数ほどの諸仏がおり、おのおの、その国において、広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界を覆って、この誠実の言を説きなさる、『汝ら民衆よ。まさに、この、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛する、一切の諸仏に念じ護られていると名づける経を信ずるべきだ』と。
シャーリプトラよ。上方世界に、ブラフマ・ゴーシャ(梵天の音声ある者)と名づける如来、ナクシャトラ・ラージャ(星たちの王)と名づける如来、インドラ・ケートゥ・ドヴァジャ・ラージャ(帝釈天の幢幡の王)と名づける如来、ガンドーッタマ(最上の香りある者)と名づける如来、ガンダ・プラバーサ(香りの光輝ある者)と名づける如来、マハー・ルチ・スカンダ(大いなる炎のかたまりを持つ者)と名づける如来、ラトナ・クスマ・サンプシピタ・ガートラ(身体が宝の花で飾られた者)と名づける如来、サーレーンドラ・ラージャ(樹王サーラの王)と名づける如来、ラトノートパラ・シリー(宝の蓮華のように美麗な)と名づける如来、サルヴァールタ・ダルシャ(一切の意義を見る者)と名づける如来、スメール・カルパ(須称山のごとき者)と名づける如来などの恒河(ガンジス川)の砂の数ほどの諸仏がおり、おのおの、その国において、広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界を覆って、この誠実の言を説きなさる、『汝ら民衆よ。まさに、この、阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛する、一切の諸仏に念じ護られていると名づける経を信ずるべきだ』と。

仏説阿弥陀経 - Wikisource

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前回の記事に書いた、『維摩経』に難勝如来の名前が二度目に出てくる箇所というのを、春秋社版から引用する。「観衆生品」という章の中で、維摩詰邸に住まう天女が、舎利弗(シャーリプトラ)に対して、この家には八つの未曾有にして稀有のことが見られると説明するくだりの七番目である。参考のため一番目の概略も紹介すると、昼も夜も黄金色に輝いているので電気代が要らないということだ。

この家にはシャークヤムニ(釈迦牟尼〔しゃかむに〕)如来、アミターバ(阿弥陀〔あみだ〕)、アクショーブヤ(阿閦〔あしゅく〕)、ラトナシュリー(宝徳〔ほうとく〕)、ラトナアルチ(宝焔〔ほうえん〕)、ラトナチャンドラ(宝月〔ほうげつ〕)、ラトナヴューハ(宝荘厳)、ドゥフプラサハ(難勝)、サルヴァールタシッダ(一切義成就〔いっさいぎじょうじゅ〕)、プラブータラトナ(生宝〔しょうほう〕)、シンハナーダナーディ(獅子吼響〔ししくきょう〕)、シンハゴーシャ(獅子音〔ししおん〕)如来、このような方々を首座とする十方における無量の如来たちが、この貴いお方が[心に]思うだけでやって参ります。そして、やって来て、〈如来秘密〉という名の法門に入ることを示して、出て行かれます。これが第七の稀有にして未曾有のことです。 

梵文和訳 維摩経』P136、訳註あるも省略、太字強調は引用者

あとで言及する予定のある仏名を、太字強調で示した。引用部の最後の方の「貴いお方」というのは、維摩詰のことである。

難勝如来と全く同じ名前は『阿弥陀経』「六方段」には見当たらないが、北方世界におわす難沮佛〔なんそぶつ〕に近い語義を感じる。『『浄土三部経〈下〉』の梵文和訳P129によると、サンスクリット名は「ドゥシプラダルシャ(襲い難き者)」だそうだ。

「打ち勝ち難き仏」と「襲い難き仏」、同じと言えるだろうか? 似ているとは言えるだろうか? 微妙かも知れない。

ただこの『維摩経』「観衆生品」からの引用部には、他にも大変興味深い仏名が含まれている。

だが今回は Wikisource からやや長い引用を行ったりしたため、すでに文字数が弊ブログの平均的な記事の2倍以上になってしまったので、すみませんがまたここで一旦中断して「その2」とし、続きは次記事とさせていただきます。

この項続きます。

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