しいたげられたしいたけ

拡散という行為は、元記事の著者と同等以上の責任を拡散者も負う

異なる仏典に同じ仏名や似たようなエピソードがしばしば登場することについて(その3:完結)

3回もかけてやるネタでなかったかも知れない。今日では一般にあまり知られている内容とは言えないから、拙い説明を加えながら書いていたので、長くなってしまった。たいした結論ではないが一旦結論づけて、そのあとでまだ結論がつかないで温めているネタを、とりとめなく備忘的につづろうと思う。

なおブックマークコメントで、NHK Eテレの「100de名著」という番組で『維摩経』が取り上げられたと教えていただきました。ありがとうございます。こちらは知りませんでした。

前回記事の終わりの方に、春秋社版『梵文和訳 維摩経』「観衆生品」にプラブータラトナという如来が、名前だけ登場する旨を書いた。春秋社版では「生宝〔しょうほう〕」と訳されているが、サンスクリット原典発見以前のチベット語からの和訳である『大乗仏典〈7〉維摩経・首楞厳三昧経 (中公文庫)』P114では、“多くの宝のある(多宝)” と訳されているのだ。

多宝如来!

坂本・岩本『法華経〈中〉 (岩波文庫)』P171以降の梵文和訳でも、多宝如来のサンスクリット名はプラブータ=ラトナと記されている。

「その1」で述べた、『法華経』中で釈迦如来と並ぶ最重要の如来の名ではないか! と言うか、この如来の名は、『法華経』以外では見えないものだと思っていた。 

法華経〈中〉 (岩波文庫)

法華経〈中〉 (岩波文庫)

 

なぜ多宝如来が重要かというと、『法華経』で釈迦如来の説法中に名前が言及される如来は多数存在するが、釈迦と霊鷲山に結集〔けつじゅう〕した聴衆の前に姿を現す如来は、多宝如来ただ一人だからだ(間違ってないよね?

『法華経』の「見宝塔品」という章で、釈迦が聴衆に法華経を説いているところへ、多宝如来が高さ500ヨージャナ(由旬)の、住居とも乗り物ともつかない七宝製の宝塔に乗って現れる。そして釈迦と聴衆を宝塔内に招き寄せ、以降、法華経の説かれる場は、霊鷲山から虚空中へと移動するのである(「虚空会〔こくうえ〕」と称する)。

ヨージャナは、『法華経〈上〉 (岩波文庫)』P381の註によると、実距離は不明確としながら「マガダ尺で大体7.3キロメートル」とのことである。7.3×500=3,650kmだから、成層圏(赤道付近で約17km)を軽く超えるどころか、地球から月までの距離(約384,400 km)の1%弱にも相当するじゃないか!

多宝如来は、仏像としては「二仏並座〔にぶつへいざ〕」ということで、釈迦如来と並んだ座像で造形される。それより日本の寺院でよく見られる多宝塔、すなわち下層が方形、上層が円柱状の二階建ての建物は、多宝如来が乗って現れた宝塔を模したもの、と言った方が、「ああ、あれか」と思っていただける人が多いだろうか。 

法華経〈上〉 (岩波文庫)

法華経〈上〉 (岩波文庫)

 

ところでこの『法華経』は、大乗仏教を生んだ文明の、中心的な地域からではなく周辺的な地域で成立したのではないか、という説がある。私はその説を、まず渡辺照宏『日本の仏教 (岩波新書)』P184で知り、続いてそれが『法華経〈上〉 (岩波文庫)』の「解題」P431~にも引用されているのを見て、少なからず驚いた。これもまた極めて興味深い説であるが、その紹介と当否の検討は、今回は控える。ただ、『法華経』には数多くの如来の名が登場するが、他の仏典に登場する仏名とあまり重なっていないことは気になっていた。前回の「その2」で『維摩経』に登場する仏名と『阿弥陀経』中「六方段」に登場する仏名が、わりとよく重なっていることを書いた。それに比べると、『法華経』と『阿弥陀経』の両方に登場する仏名は、明らかに少ないのだ。このことも、周辺で成立したという説の、一つの傍証になるのではないかという気はする。

いっぽう『維摩経』は、仏名のみならず教義などを、先行するさまざまな仏典から取り入れていることがうかがわれる。仏典というものは原著者の名が残っていないものだけど、『維摩経』を読んでいると、この著者は今でいうところの「仏教オタク」というか、相当に強い収集癖の持ち主だったんだろうなと想像できるのである。

してみると、他の仏典では見られない多宝(プラブータラトナ)如来の名が『維摩経』に現れることをもって、『維摩経』は『法華経』をも参照していると仮説することはできないだろうか?

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仏典の研究に仏名を利用するのは、アリらしい。『法華経〈中〉 (岩波文庫)』の『正しい教えの白蓮』注P361~には、以下のような文章がある。

 ところで、この章はインド仏教史の研究に重大な意味をもつ記事を伝える。それは、東方のアビラティ(妙喜国)におけるアクショービヤ(阿閦〔あしゅく〕仏)とならんでアミターユス(無量寿如来、すなわち阿弥陀仏)の名を挙げているからである。しかも、この記事は、この章が書かれたとき、阿閦仏の仏国土は知られていたが、阿弥陀仏の仏国土は知られていなかったことを示している。ところが、第二十二章「バイシャジヤ=ラージャの前世の因縁」(『妙法華』の「薬王菩薩本事品」)には、アミターユス如来の仏国土としてスカーヴァティー Sukhāvatī(極楽)の名が記されているのである。さらに、第二十四章「あらゆる方角に顔を向けたほとけ」では、アミターバ Amitābha(無量寿)如来のスカーヴァティーと記されている。こうして、阿弥陀仏の原名がアミターユスからアミターバに展開した次第がたどられるのである。『仏教聖典選』(昭49、読売新聞社)、第六巻、二七-三〇頁を見よ。

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3回に分けて書いてきたけど、3行でまとめると…

  • 『法華経』と『維摩経』に、そっくりのエピソードがある。
  • 『法華経』に登場する特徴的な仏名で、『維摩経』にも出てくるものがある。逆は成り立たない。
  • よって、『維摩経』が、『法華経』を参照した可能性が高い。

ホントに3行でまとまってしまった。ちょっとがっかり。

仏教研究者は、サンスクリット、パーリ文、それにチベット語が読めないと相手にされないと言われるのに対し、私は白文もろくに読めず、辛うじて現代日本語が多少読める程度だから(あたりまえだろそれ)、まあお笑いぐさということで。

実は他にも、例えば『法華経』『維摩経』『阿弥陀経』に共通して登場する阿閦如来についてであるとか、もうちょっと調べて考察してみたいことはある。だが、せっかくここまでで小さいながらもオチがついたので、それは今後の機会があればということにして、このシリーズは3回で完結とさせていただきます。

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