ところが日本の取材陣は、オリックス時代から番記者を務める共同通信社のK記者ひとりを除いて、イチローと直接口をきいてはならないという不文律ができ上がっているのだそうだ(p39)。他の記者が尋ねたいことがあった場合は、事前にK記者に頼むのだという。
著者は、当時ロイヤルズにいたマック鈴木にインタビューを申し込んだところ、エージェントの団野村から横槍が入って、最低で15万円という取材料を要求されたそうである。そのことをロイヤルズの広報に問いただすと、広報は「21年間ロイヤルズの広報として働いているが、こんなことは初めてだ。いい宣伝になるし、通常は広報が許可を出したら選手のエージェントが妨害することはないのだが」という意味の回答があったという(p43)。
残念ながらどうもこれは日本人選手の特異事情らしく、メジャーリーグの選手に対する取材は一般的にはもっとフリーなもののようだ。
そこで著者は、日本のファンにとってはあくまでイチローが主役であり、相手チームは敵役あるいは斬られ役でしかないことに疑問を感じながらも、またメジャーのトップ選手にイチローの感想を訊くという「縛り」に飽き飽きしながらも、「イチローを窓口に、メジャーリーガーの魅力を伝えることこそ、我々に課された役割」(p231)であると考え、取材を重ねていく。
本書は、いろんな意味で不運な本であったような気がしてならない。「あとがき」によると、著者は黒田清の主催するジャーナリスト養成講座『マスコミ丼』の一期生で、野球好きだった師に本書をプレゼントしたかったのだが、その逝去により叶わなかったという。またベースボールというジャンルは、膨大な情報が発信され、それらがあっという間に鮮度を失ってしまう宿命にある。著者が取材したメジャーリーグのスーパースターたちのうち、すでに何人がフィールドを去っただろう。そういえば社名をアスキー→アスコムと変えた出版社も、その後、数奇な運命を辿っている。
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