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白戸圭一『日本人のためのアフリカ入門』 (ちくま新書)

日本人のためのアフリカ入門 (ちくま新書)

日本人のためのアフリカ入門 (ちくま新書)

著者は毎日新聞の南アフリカ・ヨハネスブルク支局員を2004〜08の間勤めた人だが、本書第1章の冒頭には、朝日新聞の伝説の名コラムニスト・深代惇郎の手による天声人語の一部が引用される。
曰く、国連の機関がアフリカに気象観測所を作ろうとしたところ、誰かが現地の住人から「白人は良い天気を盗もうとしている」と抗議をされたという話を紹介してみんなが笑った。笑った後で別の誰かが「それはジョークなのか、実話なのか?」と疑問を呈したところ、今度はみんな黙り込んでしまったという。
今(執筆時点)から35年前、1975年に発表されたコラムだそうだが、著者はこのコラムを紹介することにより、日本人のアフリカに対する知識があまりに乏しく、またそれゆえ偏見やステレオタイプが蔓延している事態が、35年前も今もあまり変わっていないことを指摘したのである。
このくだりを一読して私もまた、うーん、と考え込んでしまった。同時に、この著者のセンスはとても信頼できそうだと感じた。
続いて著者は、2006年に放送された人気テレビ番組『あいのり』の「やらせ疑惑」を指摘する。エチオピアの首都アディスアベバにある孤児院で暮らす、両親を「ゲリラ戦」で失ったという10歳の男の子を、アディスアベバから「東京から青森の距離に等しく車で2日かかる」地方都市シャシャマネに住む実姉と再会させる、という回である。
しかし著者によると、アディスアベバ-シャシャマネ間は約270kmしかなく東京-青森間約700kmに「等しい」とはとても言えず、また現地の人の話によると「車で2日」どころか「バスで5時間ほど」しかかからないとのこと(距離に関してはGoogle mapで確認してみたが、著者の言うことのほうが正しそうだ)。
また、エチオピアで現政権が誕生した1991年以降は、少なくとも首都周辺での政情は比較的安定しており、10歳の孤児が生まれるような「ゲリラ戦」はなかったという(これもぐぐれる範囲で確認してみた。確かにそのようだ)。
さらに著者は、日本から取り寄せたDVDを孤児本人はじめ関係者に見せ、番組のストーリーがことごとく創作であったことを突き止める。ただし著者の態度は、「やらせ」自体を批判するのではなく、その背景にある日本人の「アフリカは不便だ(アフリカは貧しい)」「アフリカは危険だ」というステレオタイプの存在や、さらには日本人のアフリカに対する「上から目線」を指摘するというものである。
第2章では、日本のメディアの構造的な問題点が指摘される。新聞各社がアフリカに置く支局からは、日々、日本語の記事が本社に送信されるが、紙面に限りがあるため日本で報道されるのはごく一部なのだそうだ。しかも米欧、アジア、中東などのニュースが優先されるため、アフリカのニュースは一番後回しにされる傾向があるのだそうだ。
そうした中で掲載されやすいのは、欧米とコトを構えたケースであったり、アフリカのステレオタイプに合致していると思われたケースであったりするという。
前者の例として引き合いに出されるのはジンバブエの経済的混乱に関する報道で、筆者は、ジンバブエの圧政や人権弾圧は徹底して非難されるべきとしながらも、「誤解を恐れずに言えば」ジンバブエのような抑圧的な国家はアフリカにはいくらでもあるという(P93)。そしてなぜジンバブエだけが報道されたかというと、旧宗主国であるイギリス出身の白人地主の土地摂取を巡って英国政府と摩擦を生じ、イラク&アフガン戦争で英国の協力を受けた米国も見返りとして同調したから、つまり「英米で問題になったから」だというのである。うーむ。
後者の例としては、ケニアの2010年の大統領選を巡る混乱が、いつのまにか「部族対立」だけをクローズアップする形で報道されるに至った過程が、かなり詳しく論じられている。
つまり本書は、メディア・リテラシー本としても読める。著者がそれを望むかどうかは別問題として。
しかし私が著者の意図をもっとも外れたであろう読み方をしたのは、第3章である。「アフリカは発展しない」というステレオタイプに対する反論として、近年、世界からアフリカに巨額の直接投資が流れ込み、それにともないアフリカの何ヶ国かは年率10%を超す高い成長を始めていることが紹介されている。
この投資の対象とされる国というのが、思わず笑ってしまうほどわかりやすい。ほぼ例外なく産油国だという。
例えばアフリカ中部の小国・赤道ギニアは1990年代半ばに米国企業による油田開発が急速に進展した結果、1997年の経済成長率は71.2%(7.12%じゃないよ!ケタが一つ違う!)、1999年に41.4%、2001年に61.9%と驚異的な成長率を記録し続けているという(P146。各所に統計の数字が明記されているのも、本書が信頼できると感じられる点の一つである)。
他にもかつて内戦で名を馳せ最貧国の代名詞のようだったアンゴラが、2004年から2008年までの5年間、ずっと2桁の成長率を記録しているであるとか、他にも成長著しい国としてスーダン、チャド、ナイジェリア、ガボン、ガーナといった国々の名が挙げられている。
私がどう著者の意図を(たぶん)外した読み方をしたかというと、これは新自由主義政策のトリクルダウンの成果なのだろうな、と思ったことである。本書には「新自由主義」という言葉も「トリクルダウン」という言葉も一度も出てこない。
トリクルダウン理論というのは、富裕層に対して減税を行い富裕層の可処分所得を増やすことにによって、「非合理的」な政府・自治体の財政活動に代えて「合理的」な市場活動を活性化させ、全体の富を増やそうというものである。アメリカでは1980年代のレーガノミックス以来、日本でも少なくとも小泉政権以降は、国としてずっとそういう政策を採用してきた。
それが虚妄にすぎなかったことは、例えばベストセラーとなった堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)』の10ページほどの「プロローグ」に目を通すだけでも十分証明されている。富裕層が増大した可処分所得で一番買うものは何か?金融商品、つまり投資である。サプライムローンと呼ばれる低所得者や移民向けの高金利ローンは、難解な最新の金融理論でごたごたと厚化粧されていたが、実質は不動産価格の上昇を当て込んだバブリーなものにすぎず、お約束通りほどなく破綻して莫大な富が雲散霧消した(それを米政府が「金融システムの維持」の名目で救済しようとしたから抗議活動が広がったのが、ネットジャーゴンでいうところの「いまここ」ってやつ。そりゃ怒るわ)。
投資の世界では「はぁBRICs?素人か?VISTA?遅いわ!今はアフリカ、アフリカしか残ってねーんだよ!」ってことになってると、どっかで見聞きした覚えがある。ソースは出せないが。
アフリカ産油国に対する直接投資は、サプライムローンに比べればよほどまともな投資であろう。著者が言うには、アフリカの国境線は旧宗主国が地元の事情におかまいなしに勝手に引いたものであり、アフリカの人々の国境を越えた移動は我々日本人が想像するよりはるかに容易なものだそうだ。このためいくつかの資源国で急成長が始まると、ヒト・モノ・カネの流れは瞬く間に国境を超え、アフリカ経済全体が成長する結果につながっているそうだ(P147)。
もし新自由主義政策の提唱者たちが、そこまでを視野に入れてそうした政策を主張したのであれば、ほんの少しは見直したぞくらいは言ってやってもいいと思わないでもない。ただし、そうでなくても新興国の追い上げでいくつかの国内産業が危機に瀕しているのに、アフリカまでが勃興したらそれらはもはや絶滅の瀬戸際まで追い詰められかねないような気がするのだが、新自由主義者たちがそれを許容する度量を持ち合わせていたと想像するのはいかにも困難なんだけどね。
ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)