🍉しいたげられたしいたけ

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【掌編小説】卒業メッセージ

新学期の授業は初めての教室だった。大学の理系の科目なので、むくつけき学生どもで、ほぼ満席だ。そのうち減るだろうけど。

ここはホワイトボードではなく、昔ながらの黒板だ。やることは同じだから、どちらでも構わない。チョークで数式を書きなぐる。
私は字も下手だし喋るのも下手だ。何より授業が下手だ。幸い教科書には、導出の過程が過不足なく書かれている。時間のない結晶のようなものを、水に溶くように時系列を与えて理解の助けにすることが、私の授業の役割だと開き直っている。もちろん自分がポイントだと考えたところは強調するが、どれほど受講者の助けになっているかはわからない。
毎回のことであっぷあっぷになりながら説明を終え、演習課題を与えた。優秀な学生たちなので、黙々と課題に取り組んでくれている。

終了時間が近くなった。少し補足の説明をしようと、色つきチョークを探すため黒板下の引き出しを開いた。
ピンク色のチョークたちの下の引き出しの底に、チョークの粉にまみれた黄色い付箋紙が目に入った。
オレンジ色の蛍光ペンで一行だけ、こう書かれていた。きれいな字だ。
「先生ありがとう」

二つ並んだ隣の引き出しも開けてみた。同じ文章が書かれた紙片があった。宛先も署名もない。
卒業メッセージだな、と思った。
ただし、私あてではないとも思った。この教室は初めてだからだ。しかし、背景に想像を巡らすうち、心ならずも涙が溢れてきた。
学生たちに気づかれぬよう、しばらくしゃがみ込んだままでいた。しかし、すすり泣く声を少し聞かれてしまったかも知れない。

果たして授業のあとで廊下にいたとき、顔見知りの学生が声をかけてきた。
「先生、どうして泣いてたんですか?」
ニヤニヤしていた。照れくさかったのだろう。
私も照れくさかったので、素直に言う気になれなかった。相手が教員養成課程だったので、こう答えてみた。
「君がもし教員にならないなら、卒業するときに教えてあげよう。もし教員になるなら、ぜひ自分で体験してほしいから教えない」

※実話ではありません。今日の明け方に見た夢の、ほぼそのままです。極めて珍しくストーリーが理路整然としていたので、創作としてエントリーに仕立ててみました。私がいつも見る夢は、もっと支離滅裂なものばかりです。
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